見出し画像

羽化して半年が過ぎましたが僕の翅はどうやら曲がっているみたいです

したがって上手く飛べない。

*

「ほら、この前、大きい地震あったやん」
「うん」
「で、xx社の例のあの人いるやん」
「ん?」
「ほら......」
「嫌われて面倒臭がられて、硝子細工に触れるみたいに細心の注意を払われてちやほやされてるあの?」
「そう。お得意先の」
「あれがどうしたの?」
「いや、だから地震で......。あそこ大きなのあったから」
《男は咄嗟に顔を隠し、体の震えを収める》
「やっぱ人には優しくしないかんなあ」

*

水の引いた黒土の田の中に、ぶくぶくと太った鳥の死体がある。腹が裂けて、溶けかけた黒いはらわたが無様に露呈している。首を折られたのち、腹が裂かれたようだ。しかし壊されるだけ壊されても、食べられた形跡はない。そのそばにはヒキガエルが、吐き捨てられたガムのごとく潰れている。私はそのあまりにも醜悪なふたりの死骸に、思わず嘔吐した。びちやびちやびちや。
「ああ、きたないものを見た」
私は足早にその場を去る。臭気さえ放たれ、それがこの身に取り入ろうとするのを感じたから。

*

夜はやはり僕の味方だった。缶のエールビールを飲み、缶の角ハイボールを飲みながら、古い小説をじっくり読んだ。
アルコールが意識をゆっくりゆっくりと溶かす。僕の輪郭が滑らかな夜の闇と暖かな読書灯に、じんわりと滲んでゆく。この時こそが僕の自由で、僕の幸福だった。
人間が冬眠する生き物ならば、と切に願う。長い冬を、人は暗い部屋の中で眠り続ける。しかしきっと、ひと月に2、3度は、ふと眠りから覚めるだろう。そんな時には酒を飲み、暗く孤独な部屋の中で本能の眠りが訪れるまで読書に耽るのだろう。そう思えば、僕の幸せは、きっと蛙になることだ。
《げろげろ》
酔いに任せひと鳴きした僕の声は、悲しいほどに人間だった。

*

空を見上げて、そののち地面へ吐いた唾を見るばかりである。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?