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読書日記『インディペンデントの栄光』映画を作って配って上映する人

■堀越 謙三・著『インディペンデントの栄光 ユーロスペースから世界へ』 筑摩書房

著者は渋谷の映画館ユーロスペースをやってきた人だ。ユーロスペースはいわゆるミニシアターの走りだ。著者は、映画館の経営だけでなく、洋画の配給やプロデュースも手掛けている。 

著者とドイツ(スイス人だったみたいだ)の映画監督ダニエル・シュミットや、イランのアッバス・キアロスタミや、フィンランドのアキ・カウリスマキとの交流は有名だ。もっとも知られているのは、フランスのレオス・カラックスとの親密なつき合いらしい。

私は全く知らなかったが、著者が関わっていなかったら、カラックスは『ポーラX』以降の作品は制作出来ていなかったようだ。

プロデュースというのは、制作資金を調達したりする仕事だ。これをほとんど個人でやるのは非常に大変なことだ。カラックスの『アネット』の場合は、著者は自宅とユーロスペースのあるビルを抵当に入れて、お金を調達している。私などには想像できない世界だ。

著者はその他にも、個人で映画美学校も作っているし、東京芸術大学の大学院で映画コースを作り、教授も務めたりして、映画製作者の育成にも貢献している。門下からはいろいろな人が育っている。その中には『ドライブ・マイ・カー』の濱口竜介監督がいる。

私は著者のことを、蓮見重彦や黒沢清の人脈の人、としか思っていなかったが、本書を読むと、世界の映画界への貢献度がものすごく大きいことに、圧倒される。また、カンヌ映画祭での売り込み方とか裏事情なども語っていて、そのスケールの大きさ、人脈の広さ、行動力には驚かされるばかりだった。

この本は、あとがきに本人も書いていたように、終活の一つだ。これまでの自分の人生と、仕事を振り返ったものだ。映画評論家の高崎俊夫がインタビューアーとなって、堀越謙三にいろいろと訊いて、それをインタビュー形式にまとめてある。

インタビュー形式だから、質問も回答も話し言葉だ。だから、前後の事情が分からない部分もあるし、説明が不十分で、事情に詳しくないものには、ちんぷんかんぷんな会話もある。それでも、門外漢の読者でも、調べれば答えが出てくる可能性を感じるくらいな緻密なインタビューになっている。そのあたりが、筑摩書房の仕事なのだと思う。詰めの甘いDU BOOKSなどとの差を感じてしまう。

ところで、最近は、ミニシアターも成り立ちにくい世の中になっているらしい。大手のシネコンが、かつてはミニシアターでやっていたような映画を上映するようになっているし、インターネット配信もある。そのせいか、ミニシアターの閉鎖が相次いでいる。

また、テレビの放送権料やビデオ化の値段も極端に低くなって、二次使用を見込んで映画を作る、ということも難しくなっていると言う。そのことによって、確実に売れそうな企画しか通らなくなっている、らしい。ユーロスペースが上映してきた、いわゆるアート系の映画は、今の時代は特に不遇をかこっているという。

そういった時代の推移を踏まえて、著者は、自分は映画の一番良い時代に仕事を出来たと言い、はたからは逃げ切りの世代などと言われていると、少し自嘲した口調で言ってみたりする。といっても著者の歩んできた道は、茨の道どころか、波乱万丈の博打人生のようにも見える。著者が博打打ちに見えないのは、映画への過剰な愛があることと、やはり人柄ゆえだろう。

私は映画を観るだけの人間だが、映画は作るものであって、そして世界各地の劇場に届けて、上映するものなのだ。そういった映画に関わる最初から最後までを、格好つけることなく語っているこの本は、映画を消費するだけだった私を、ちょっと神妙な気持ちにさせてくれた。

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