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久しぶりに"マザー・テレサの「あなたの中の最良のものを」"を読んでみて

宮沢和史の「ことば永遠(とわ)」
ミニマルな生活を貫いた大統領の一言|“ことば”を旅する連載・第24回


こちらは「COURRIER」の連載記事で、目についた時には読んでいるんだけど、今回、何か所か気になった部分があったので、自分用のメモとして書いておこうと思う。



まず、心に留まったのが以下の文。

内容は「自分が何かをやろうとすると他人、第三者がそれに関わってきてままならない状況に陥ることがよくあるが、気にすることなく続ければいい。そして、振り返ってみると他人との関係性の問題ではなく、本当は心の中の自分との戦いなのである」という諭しである。

ちなみに、冒頭の「内容は」とうのは、マザー・テレサの「あなたの中の最良のものを」の「内容」という意味。
その説明はコチラ↓

ひとつはこの連載でも以前紹介したことのある、マザー・テレサの「あなたの中の最良のものを」である。これにはケント・M・キースというアメリカ合衆国の講演家が書いた、「The Paradoxical Commandments~逆説の10ヵ条」という元となる文章がある。それを気に入ったをマザー・テレサが、自分自身の言葉に書き換えて、さらに言葉を加え、インドのカルカッタの孤児院の壁に書いたのである。


マザー・テレサの「あなたの中の最良のものを」という文章は知っていたけど、それの元になる文章があったのは知らなかった。
(もしかしたら、聞いたことあったのかもしれないけど、覚えていない)

で、久しぶりに、改めて、マザー・テレサの「あなたの中の最良のものを」という文章を、ネットで探して読んでみた。
日本語訳を読んだ後に、英語の原文を読んでみたら、私的には、原文の方がしっくりくる感じがする。
日本語訳は、調べてみるとどれも同じみたいなんだけど、何か正式な訳とかがあるのかな?

こちらが、その原文↓

Give the world the best you have

People are often unreasonable, illogical, and self-centered.
Forgive them anyway.

If you are kind,
people may accuse you of selfish ulterior motives.
Be kind anyway.

If you are successful,
you will win some false friends and some true enemies.
Succeed anyway.

If you are honest and frank,
people may cheat you.
Be honest and frank anyway.

What you spend years building,
someone could destroy overnight.
Build anyway.

If you find serenity and happiness,
they may be jealous.
Be happy anyway.

The good you do today,
people will often forget tomorrow.
Do good anyway.

Give the world the best you have,
and it may never be enough.
Give the best you’ve got anyway.

You see,
in the final analysis it is between you and God;
it was never between you and them anyway.


– Mother Teresa –


「なぜ、ラオスでコンサルタントとして仕事しているのか」という質問に対する回答でも書いている通り、前職を退職して以降、当分、どこかの会社に所属するのはイヤだなあと思っていて、私は今、自分の会社で働いている。

だから、どこかの組織に属している環境よりは、何かをしようとした時に関わってくる第三者の数は少ないと思う。
そして、自分で仕事をすることの大きなメリットは、"組織に守られる"というメリットを捨ててでも欲しかった「"関わる人を選べる"という環境」を手に入れられたこと。

もちろん、組織に属していないからといって、誰にも関わらずに仕事をすることなんて不可能だし、さらに、私のやっている「コンサルタント」の仕事は、いかに人との関係を築くかが重要な仕事な訳で。
しかも、組織に属していれば自動的に入手できる情報へのアクセスも難しくなるので、自分で情報を取りにいかないといけない。
だから、ある程度の人との関わりは維持しなければいけないけど、どうしてもイヤな場合には、関係を切ることも出来る。
この「いざとなったら関係を断てばいいんだ」というセイフティガードのおかげで、私は精神的にだいぶ救われていると思う。

ただ、これは最後の手段であって、むやみやたらに他人との関係を断っている訳ではありません(笑)

なので、時に、何かをしようとした時に「他人、第三者がそれに関わってきてままならない状況に陥ること」はある。
この「他人、第三者」が、私がやろうとしていることに直接関係のない場合や、いてもいなくてもいい場合は、スルーする。
それでもしつこいようなら、関係を断つ。
そして、やろうとしていることを変わらずにやる。

もし、この「他人、第三者」が、私がやろうとしていることに深く関わっている場合や、いないとやろうとしていることが出来なくなる場合は、この人と関わってでもやりたいことなのか、この人と関わるくらいならやらなくていいことなのか、考える。
でも結局は、自分の経験上、一度そう思った人と関係を続けたことろで、状況が良くなることはほとんどないから、基本的には私は関係を断つ方向で考える。
それでもやりたいと思うことなら、この人がいないと大変かもしれないけど、変わらずやり続ける。


いつの頃からか、私は「最後は自分で決める」って思っていて。
それは、他人の意見やアドバイスを聞かない、ということではなくて、それを聞いた上で、決める時は、それを言ってくれた人が誰であろうと、遠慮や忖度はしない、ということ。
理由は、もし誰かの意見を聞いて何かを決めて、それで上手くいかなかった時に、その人に責任を押し付けてしまうんじゃないか、という恐怖。
それから、何かしら、よかれと思って意見を言ってくれる人でも、最後は私の人生に責任を持ってくれる訳じゃない、という気持ち。


私は、マザー・テレサのように崇高な理念がある訳でも、それを実行できる強い信念がある訳でもないし、完全に利他的に生きることも出来ない。
私がやりたいことや、やろうとしていることが「Give the world the best I have」になっているのかどうかも、分からないけれど。
少なくとも、自分が「社会にネガティブな影響を与えない、出来るだけポジティブな効果をもたらす」と思っていることをやっているのなら、「他人、第三者がそれに関わってきてままならない状況に陥ること」があったとしても、とりあえずやり続けるってことでよいのかなと。

マザー・テレサが言っていることも、結局は、
「just keep doing what I believe is "the best I have" anyway」
ということなのかなあと、勝手に思っています。

ということで、今後も、自分の信じた道を行こうと思います(笑)

そして、「他人、第三者がそれに関わってきてままならない状況に陥ること」があったときや、他人や第三者との関わりが面倒くさいなあ、と思ったときには、また、この文章を読み返そうと思います。

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