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ティピカの香りに癒されて (3)

1月下旬、日本からのインターンが到着したと、チャイから連絡があった。

次の日、早速、私とルーは、いつものようにバチアンカフェでランチを済ませて、パクソンに向かった。

「サバイディ」

「サバイディ」

「マリー、紹介するよ。彼が、今回インターンに来たシュウ」

「こんにちは。桐谷シュウです」

「で、彼女がさっき話していたマリー」

「こんにちは。高田マリノです。で、彼は私の夫でルー」

「サバイディ」

「サバイディ」

私がチャイやルーと話をするときは、ラオス語と英語とミックスで話している。

ラオス語は、日本語と同じく主語を省略することが多いし、単語1つ1つが短いものが多く、何よりも動詞が時制で変化しないので、パッと口から出やすく、日常的な会話はラオス語の方が先に出てくるんだけど、少し複雑な内容や仕事の話になると、正確に話をしなければいけないという意識からか自然と英語になることが多い。

今回のようにラオス語ができない人が混じった場合は、英語ができない人がいれば、逐一通訳を挟むことになるけど、チャイもルーも英語ができるので、全員英語で会話ができるから楽である。

「さっきも話したけど、何かあれば、マリーにも相談してくれていいから」

早速、私とルーのためにコーヒーを淹れる準備をしながら、チャイが言った。

「私はパクセーに住んでいるから、毎日パクソンにいる訳じゃないんだけどね。たまにパクソンに来るし、来れば必ずチャイのところに寄るから、何かあれば遠慮なく」

「さっき、チャイさんから、パクセーに住んでいる日本人がいるから、って話は聞いたんですけど、コーヒーの専門家なんですか?」

「ううん、私は日本人や日系企業向けのコンサルタントをやってて。コーヒー関係とか農業関係の仕事もあって、パクソンにもちょくちょく来るようになってね。それで、自分でもコーヒーの木を育ててみたくなって、今やってみてるところ。チャイは私たちのコーヒーの師匠なの」

チャイは、カウンターに座っているルーと何かを話しつつも、私たちを横目でちらちらと見ながら、コーヒーを淹れている。

カフェの入り口のところに座って、気持ちいい風を感じながら話をしている私たちのところにも、コーヒーのいい香りが漂ってきた。

「そうなんですね。パクセーには何年くらい住んでるんですか?」

「今年で7年目かな。最初は日系企業で働くために来たんだけど、辞めてから、ルーと会社作って、結婚して。その前はビエンチャンにもいて、まさかパクセーに落ち着くとは思ってもなかったんだけどね」

「そもそも、どうしてラオスに住もうと思ったんですか?」

「話せば長くなるけど、初めてラオスに来たのは大学院生の時。その時に研究のフィールドをラオスにしようって決めて、それ以来、調査やらなんやらで何回か来てて。そのうち、ちょっと長期で住んでみたいなあと思うようになって、そのままズルズルと」

「へー、何の研究をされてたんですか?」

「開発経済やってて。ラオス経済とか、ラオスでのODAのプロジェクト評価とか」

「研究はやめてしまったんですか?」

「そうなの。研究者っていうのを考えた時もあったんだけどね。自分にはそれよりも、何か別の形でラオスと関わっていくことで、ラオスの発展の現場の末端に身を置きたいって気持ちが強くなって。まあ、研究活動に挫折したってのもあるけどね。シュウくんは?松野先生のゼミ生ってことは、村落開発とか?」

「はい。学部生の時に松野先生の引率で一度パクソンに来たことがあって。大学院に入ったら、フィールド調査に来てみたいと思っていたんです」

「そうなんだ。まあ、何か困ったことがあったら、遠慮なく、言ってね」

「ありがとうございます。でも、多分、大丈夫です。前回来たときに仲良くなったラオス人もいますし、色々手伝ってくれるので」

「今年のティピカ。昨日、焙煎したんだ」

そう言って、チャイがコーヒーを2つ持ってきてくれた。

「フレッシュでうまい」

カウンターのルーが気持ちよさそうに香りをかいでから、一口飲んで言った。

私とシュウくんも、まずはカップに顔を近づけて香りを吸い込んでから、コーヒーを飲んだ。

私は、このカフェの入り口の木の椅子に座って、外からの風を感じながらコーヒーを飲むのが好きだ。

心地いい気候と美味しいコーヒー。

これ以上の贅沢があるだろうか、と毎回思う。

私とシュウくんは、コーヒーを飲みながら、また少し話をしていたら、ケイさんがカフェにやって来た。

「あ、ケイさん。おつかれさま」

「マリーさん、来られてたんですね」

「うん、さっき。シュウくんを紹介してもらったところ。ケイさんは?お昼食べました?」

「午前中、組合員の農園に行って、街中に戻ってきて、近所の食堂で昼ご飯食べてきたところ」

「シュウくんとは、もう?」

「うん、昨日。チャイが紹介してくれて」

「ケイも食後のコーヒー飲むでしょ?」

チャイがすかさず聞いて、新しいコーヒーを淹れる準備をし始めた。

「ありがとう。昨日、焙煎してた豆?」

「そう。さっそく、ルーとマリーにも淹れたところ」

ケイさんは、毎日、チャイが代表をしているコーヒーの協同組合の組合員の農園に行って、収穫や加工の様子を見たり、手伝ったりしている。

組合員にとってケイさんは、毎年コーヒー豆を買ってくれるバイヤーであって、ケイさんは選ぶ立場だから、どちらかというと上位に立ってもおかしくない関係なんだけれど、ケイさんはコーヒーを育てている農家さんを心からリスペクトしていて、それが組合員にも伝わっているおかげで、とてもよい関係を築いている。

私の周りでも、こんなにラオス人に対してニュートラルに接することができている人は少ない。

ケイさん自身は、意識してそうしているというよりは自然とそうなっているのだと思うけれど、これはやろうと思ってすぐにできることではなく、なかなか難しい。

私の周囲の外国人でも、明らかにラオス人を下に見ている人は少なくないし、中には「ラオス人は〇〇する能力がない」とか「劣っている」という言い方をする人さえいる。

そんな人たちに会うと「だったらすぐにラオスから出て行けばいいのに」と思うし、後ろから蹴りを入れてやりたくなる。

ただ、そういう人に対して嫌悪感を持っている人の中にも、悪気なく「ラオス人はかわいそう」だという前提で、「ラオス人は〇〇する能力がないのは彼らのせいではなく国の社会インフラや環境のせいなんだから、そういうことを言ってはいけない」という人が結構いる。

これは、一見ラオスに寄り添っているように見えるけど、実は「ラオス人は劣っている」という前提に立っていて、無意識にそういう前提の元で話をしている訳で、言ってる本人たちはそのことに意識的に気付いていないから、さらにやっかいだ。

そもそも、特定の国の人が「ある分野」で「劣っている」なんて言えるはずもないし、何を基準にものを言っているのが理解不能だし、逆に特定の国の人が「ある分野」で「優れている」なんてこともあり得ない。

ある特定の範囲の中での基準では「劣っている」ことが、別の特定の範囲の中では「優れている」ことだってある。

誰しも、生まれ育った環境下での基準に慣らされているし、それが当然だと思うのはしょうがないことだけれど、一旦その環境から外に出て、違った環境下に身を置いたのなら、違和感を感じたことに対して、自分の基準を元に考えるのではなく、その環境での基準に思いを巡らせることが必要なのではないだろうか。

こういうことをいちいち考えながら行動している訳ではないのに、自然とニュートラルにラオス人に接しているケイさんは、本当にすごいなあと思うし、素敵だと思う。

私は仕事柄、ラオスにいる日本人と接することも多く、明らかにラオス人を見下しているタイプも、無意識に見下しているタイプも、どちらのタイプの日本人とも会うことがあって、正直ストレスが溜まる場面が多々あるけど、この気持ちを共有できて、愚痴を言える人は周囲にはなかなかいないので、ケイさんと会って話し込むと、ついつい私の愚痴を言ってしまう。

ケイさんはケイさんで、タイにいる時間も多いし、他のコーヒー生産国に行っても、それぞれの国で同じようなタイプの人に会うことがあるらしく、でもケイさんも普段はタイ人の奥さんとそのご家族と一緒に住んでいて、1年を通して他国への出張も多いから、愚痴る相手がなかなかいないらしい。

ということで、お互い、本音で愚痴を言い合える、貴重な日本人となっているのだ。

チャイがカウンターに座っているケイさんにコーヒーを淹れた後、私とシュウくんのカップにも新しいコーヒーを注いでくれた。

ルーは、ケイさんと入れ違いで、自分のコーヒー農園の様子を見に行くと言って、トゥーンと一緒に出掛けて行った。

チャイは、カウンターの中を一通り片づけた後、市場に行くと言って出て行ったので、カフェには日本人3人だけになった。

店の人がいなくなって大丈夫なのかと思うかもしれないけど、まあ、よくあることで。

誰かコーヒーを飲みに来たとしても「チャイは市場に行ってるからちょっと待ってて」と言えば済む。

ここには、そんなに急いでコーヒーを飲まないといけないような人は誰もいない。

「シュウくん、前回、来たときに知り合った子が色々手伝ってくれるらしいよ」

「あ、もしかして、リリー?」

「そうです。知ってますか?」

「組合員はほとんど顔見知りだから。今日の午前中もセンさんの家の農園に寄ってきたところ」

「リリーって、センさんの娘さんの?」

「そうそう。センさんは組合の中でも中心メンバーだからね。今日行った時に、センさんがシュウくんのこと、リリーから聞いたって言ってたから」

「リリーなら、英語も少しできるし、色々手伝ってくれたら心強いね」

リリーはパクセーの農業大学を卒業していて、英語も少しできる。

父親のセンさんは協同組合の中でも比較的大きな土地でコーヒーを栽培していて、ボードメンバーでもある中心人物だ。

リリーは大学を卒業してから、パクセーで少し働いていたこともあったらしいけど、今は、パクソンに戻って、父親と一緒にコーヒー農園をやっている。

シュウくんとはちょうど同じくらいの年齢だし、英語もできるということで、気が合ったのだろう。

チャイが多めにコーヒーポットに入れていってくれたコーヒーを飲みながら、あれこれ話をしているとチャイが市場か戻ってきた。

「市場でルーとトゥーンに会ったよ。何か農園で必要なものを買って、また農園に戻るから、マリーに少し時間かかるって言っておいてって」

「そう。分かった」

「じゃあ、僕もそろそろ、別の農家さんのところに行ってくるよ」

「いってらっしゃい」

ケイさんは、パクソンでの移動手段として借りているレンタルの原付で出かけて行った。

「シュウくんは?午後はどこかに行く予定?」

「今日は、チャイが組合のメンバーのところに連れて行ってくれることになっていて」

「そうなんだ。もうすぐノイが来るから、そしたら行くよ」

ノイはチャイの妹で、チャイの母親と近所に住んでいて、たまにカフェの手伝いにやって来る。

トゥーンはチャイの本当の弟だけれど、ノイはどうやら厳密に言うと妹ではなくて、親戚らしい。

ラオスでは、通学や就職のために田舎から街に出てきて親戚の家に住んでいたり、親が首都や外国に出稼ぎに行っていて祖父母と一緒に住んでいたり、色々な事情で家族と離れて親戚や知り合いの家に住んでいたりすることは珍しくない。

そういう時に、わざわざ本当の兄弟姉妹かどうかを区別して紹介したりしないし、なんなら血縁関係ではなくても、とても仲のいい関係性の場合に兄、弟、姉、妹などど紹介することもあるので、ずっと兄弟だと思っていたらそうではなかったなんてことは日常茶飯事だ。

日本で、親元を離れて親戚の家に預けられた、なんて言うと、かわいそうだと思われかねないけど、ラオスでは至って普通のことで、もともと大家族で住んでいて、親だけではなく、みんなが子供の面倒をみるし、家のこともするから、「家族」というものを定義する範囲が広いのかもしれない。

だから、預かった方も預けられた方も、その周囲も、何ら特別なことではなく、関係性がとても自然なので、言われなければそうとは分からない。

ノイがカフェにやって来て、チャイとシュウくんは出かけていった。

私は、持ってきていたパソコンで少し仕事でもしようかとラップトップを開いてはみたものの、なんとなくやる気がでなくて、メールをチェックした程度で、あとはコーヒーを飲みながら外の景色をぼーっと眺めていた。

シュウくんと話をしたせいか、なんとなく自分が初めてラオスにきた頃の色々なことが頭に浮かんできて、次から次へと思いを巡らせていたら、気付けば結構時間が経っていたようで、ルーとトゥーンが戻ってきたのが見えた。

「農園、どうだった?」

「近所の牛が侵入したみたいで柵が壊れてるところがあったら、補修してきた。チャイは?」

「シュウくんと出かけた。ケイさんも組合員の農園に行ったよ」

「そう。じゃあ、俺たちもそろそろパクセーに戻ろっか」

「そうね」

「ノイ、チャイにまた近いうちに来るって言っておいて」

私たちは、近所の野菜農園に併設された販売所で新鮮な野菜を買ってから、パクセーへの帰路についた。

「シュウだっけ?話してみて、どうだった?」

「組合員のセンさんの娘さんのリリーと仲良いみたいで、色々手伝ってもらえるらしい。だから大丈夫だって言ってた」

「そうなんだ。好きなのかな?」

「シュウくんがリリーのこと?」

「もしくは、リリーがシュウを気に入ってるとか。日本人男性もてるからねー」

「どうだろ。前回来た時に会って、それから連絡とってたみたいだけど、会うのはまだ2回目だからね」

「また、前に来た日本人の女の子のときみたいにならないといいけど」

「シュウくんは、しっかりしてるみたいだったけど。まあ、こればっかりはね…」


(つづく)


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