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ティピカの香りに癒されて (5)

この間、カフェでシュウくんとケイさんと話をした次の週、カフェでシュウくんとりリーが話をしていたと、チャイからルーに連絡があった。

ちょうど、パクソンに行く用事もあって、次の日、私とルーはチャイのカフェに来ていた。

ちょうどシュウくんもカフェにいて、昨日のリリーとの話のことを聞いてみようかと思っていたら、組合員の若いメンバーが3人カフェに入ってきた。

リリーと仲がいいグループの男性で、リリーや他の女性のメンバーとかと一緒にいるのを何度か見かけたことがある。

シュウくんとも、リリーの誘いで一緒にご飯に行ったりしていた顔ぶれだ。

カフェにはバックパッカーらしい欧米人のカップルのお客さんもいて、チャイはそのカップルと話をしていた。

カフェに入ってきた男性3人はシュウくんに近付いて行って、その中の1人、ケオが英語で言った。

「リリーにお金返せ、って言ったんだって?」

シュウくんは黙っている。

「シュウ、リリーが好きなんだろ?」

「ケオには関係ない」

「日本人は、好きな女の家族が困っている時に、助けないのか?」

「リリーとはもう話をしたんだ。ケオは関係ないだろ」

「日本人なのに、最低だな」

シュウくんがいきなりケオにつかみかかったのを、他のメンバー2人と、ルーで止めに入った。

「日本人は返せないならお金を借りたりしないし、返さないのは悪いことだ!ラオス人は、借りたお金を返さなくて何も思わないのか!」

「ラオス人は、困っている人にお金を渡したら、返せなんて言わない!俺たちは助け合って生きているんだ。お前は日本人だから分からない!」

チャイとトゥーンもやって来て、とりあえず、トゥーンとルーが組合員の若い3人をカフェの外に連れて行った。

私とチャイは、シュウくんをカフェの奥のベンチに連れて行って、座らせた。

私は、チャイにも分かるように、シュウくんに英語で話かけた。

「昨日、リリーとは、どんな話をしたの?」

「リリーに、お金を返すつもりがあるかどうか聞きました」

「そしたら、何て?」

「正直な気持ちとしては、俺が日本人だから、返さなくても大丈夫かもしれない、と思っていたそうです」

「そう」

「でも、俺も正直に、お金を返して欲しいと思っていることを言いました。日本人だからと言ってらみんなお金を持っていて、500ドルくらいなら問題ないということではない、って」

「リリーは、何て?」

「今は返せないけど、将来、お金ができたら返す、って」

「シュウくんは、それで納得したの?」

「分からないです…お金は返ってこないかもしれないと思ってます。でも…」

「リリーのこと、好きだったからお金送ったんでしょ?そのことは伝えた?」

「いえ…このまま、何事もなかったようにリリーと前みたいに戻れるとは思えなくて」

横で聞いていたチャイがシュウくんに言った。

「リリーのこと、許せる?」

シュウくんは少し考えたあと、答えた。

「分からないです。正直、ラオス人とどう付き合えばいいのか、分からなくなってます」

「これだけは分かってあげて欲しいんだけど、リリーはシュウの気持ちを利用して騙そうとか思っていた訳ではないと思うんだ」

「はい、それは彼女も言っていました。騙すとか、そういうつもりではなかったって」

「リリーもシュウのこと信頼していたから、お金のこと、言ったと思う。ラオス人も、誰にでもお金欲しいって言う訳じゃないから。助けて欲しい時に頼る相手っていうのは、やっぱり、それなりの信頼関係がある人に頼むんだよ。おは返せなくても、何か他のことで返せるものがあるかもしれないし、助けるっていうのは一方通行ではなくて、あくまで助け合いだっていうのがベースにあるからね」

私たちが話をしている間、ルーとトゥーンはカフェの外で3人と何か話をしていた。何度かカフェに入ったり出たりしていたと思ったが、気付いたら3人は帰って行ったようで、ルーとトゥーンだけが、カフェの前庭のテーブルに座っていた。

カフェに来ていた欧米人カップルの姿もなくなっていて、カフェの中には私たち3人だけになっていた。

ちょうど、そこに、今日も組合員の農園に行っていたケイさんがカフェにやってきた。

なんとなく、その場の雰囲気を察しながらも、何と声をかけていいか分からない感じで入口に立っていたケイさんを見て、チャイが言った。

「ちょうどお客さんもいなくなって、ケイも戻ってきたし、みんなでシンダートにでも行かない?最近、新しい店ができたんだ」

「そうだね、せっかくみんな揃ったことだし、そうしようか」

「じゃあ、カフェ閉める準備するから、みんな、ちょっと待ってて」

そう言って、チャイとトゥーンは片づけを始め、私とケイさんはカフェの外のテーブルに座った。

ルーは、カフェの前に停めている車に何かを取りに行った。

カフェの入り口の近くのシートで荷物を片付けようとしていたシュウくんが言った。

「あれ?」

「どうした?」

「ショルダーバッグがないです」

「え?」

「バックパックと一緒ショルダーバッグも置いてたんですけど…」

「あー、いつも、斜め掛けにしてるやつ?」

「はい、財布とか貴重品とか入れていて」

ケイさんも一緒に3人で周囲を探してみたが見当たらない。

そこにルーが車から戻って来た。

「どうしたの?」

「シュウくんのショルダーバッグが見当たらなくて」

2階から下りてきたチャイとキッチンにいトゥーンも一緒になって、カフェの中を探してみたが、やはりショルダーバッグは見つからなかった。



「あの3人が持って行ったんじゃ…」

シュウくんが日本語で言った。

「いや、それはないと思うよ」

私は日本語で答えてた。

ケイさんは事情がつかめない感じで、何か聞きたそうだったけど、黙っていた。

チャイは、シュウくんが言った日本語は分かっていないはずだけど、なんとなく察したような顔をしていた。

ルーが私に言った。

「シュウは、なんて?」

「ううん、あの中に財布とか貴重品、入れてたらしい」

私はあえてシュウくんの言ったことを訳さずに答えた。

「そう言えば、あの欧米人のカップルは?」

ルーが言った。

「ああ、気付いたらいなくなってた。でも、まさかね…」

「欧米人のカップルって?」

ケイさんが聞いた。

「昨日も来てた。そう言えば、ケイと少ししゃべってたよね」

チャイが言った。

「ああ、あの?昨日、パクセーでレンタルバイクを借りてパクソンに来たっていう。で、パクソンで1泊して、今日、パクセーに戻るって言ってたけど。今日も来たの?」

「昨日は、De Luevに泊まったって言ってた。パクセーに戻る前にまた寄ってくれたみたいだったけど…」

「昨日、話した時に、ラオスは思ってたより物価が高くて、このあと、シーパンドンに行くかどうか迷ってる、みたいなこと言ってはいたけど…まさかね…」

誰も何も言い出しにくい雰囲気の中、ルーが言った。

「とりあえず、その欧米人カップルを探してみるか」

ルーは、パクセーで旅行者に人気のレンタルバイク屋のオーナーが友達なので、心当たりのカップルにバイクを貸したかどうか電話で聞いてみて、他にも知り合いのレンタルバイク屋2軒にも連絡をしてみると言って、カフェの外のテーブルで電話をし始めた。

チャイは、さっきの若い組合員3人にも何か見ていないか聞いてみるように、トゥーンに言った。

チャイはシュウくんが3人のことを疑っているのではないかと薄々気付いているようで、トゥーンには、別に3人を疑っている訳ではなく、事情を説明して、欧米人カップルが何かしているのを見ていないか聞いてみるようにと言っていた。

シュウくんはこの兄弟のラオス語の会話の意味は分かっていないはずなので、私からシュウくんに「トゥーンがあの3人に聞いてみてくれるから」とだけ伝えた。

チャイは友人のDe Luevのオーナーに電話をして、その2人が泊まっていったのか、様子はどうだったのか、電話で聞いてみると言った。

私は、シュウくんに、それぞれみんなが各方面に連絡してくれていることを伝え、その間に、私は、状況を把握できていないけれど、誰かに聞くのもためらわれるといった感じのケイさんに、今日、カフェであったことを話した。

そうしているうちにルーが入って来て言った。

「メオの店で昨日それっぽいカップルがバイクを借りて行ったって。パクソンに行くと言ってたらしくて、今日返すか明日返すかは、まだ連絡ないって。男性の方のパスポートの写真を送ってくれるように言ったから、もうすぐ送られてくると思う」

ラオスでは、レンタルバイク屋でバイクを借りる時には、基本的にパスポートを預けることになっている。稀に、現金のデポジットでも代用できる場合もあるが、バイクの盗難防止策という意味合いもあるので、とても高額に設定してあり、ほとんどの人はパスポートを預ける。

預かったパスポートの写真を送ってもらうなんて、日本だと個人情報の問題なんかでありえないことだと思うけど、まあ、ラオスではこんなものだ。

「Du Luevのオーナーに聞いたら、やっぱり2人が昨日泊まっていって、今日、パクセーに戻るって言っていたらしい。ケイと話したのと同じで、やっぱり、ラオスは物価が高くて、旅行を早めに切り上げないといけないかもしれないって言ってたらしい」

電話を終えたチャイが言った。

メオからルーのスマホに送られてきた男性のパスポートの写真をチャイとケイさんに見せたら、やはり、カフェに来ていた人に間違いないと分かった。

ルーと私は、すぐにパクセーに戻って、そのカップルを探すことにした。

シュウくんには、何か分かったらすぐに連絡するからカフェで待っているように言ったが、どうしても一緒に行きたいと言うので、一緒に行くことにした。

チャイとケイさんは心配そうだったが、何かあれば連絡してくれるように言って、私たち3人はパクセーに向かった。

パクセーに戻る途中、チャイから電話があり、トゥーンが3人に聞いてくれた結果を教えてくれた。

トゥーンによると、3人はトイレに行ったり、荷物を取りに行ったりで、カフェを出入りしたけど、シュウくんのバックについては特に何も気づかなかったと。ただ、その中の1人が、シュウくんがバッグを置いていた辺りに、その欧米人のカップルがいて、その後すぐにカップルは外に停めていたバイクでパクセー方面に走って行くのを見たけど、バッグを持って行ったかどうかは分からないと言っていたらしい。

パクセーに向けて時速100km超えのスピードで走る車の中から、ちょうど目の前には真っ赤な夕陽が見えた。

私は、パクソンからパクセーに向かう下り道から見る夕陽が好きだ。ここからは見えないけれど、この夕陽の下にはメコン川が流れている。

今日の明け方、乾季には珍しく雨が降ったパクセーだったが、夕陽がキレイに見られて少し気分が和らいだ。

パクセーに戻った頃には日も落ちて、少し暗くなり始めていた。

私たちはメオのレンタルバイク屋のすぐ隣の食堂に入った。

幹線道路に面していて、旅行者に人気の食堂だ。周辺には、食堂やゲストハウス、旅行会社、レンタルバイク屋などが集まっている。

ラオス料理だけではなく、タイ料理、ベトナム料理、ウェスタン料理などメニューが豊富で、いつも旅行者や在住の外国人で賑わっていて、満席のこともあるが、この日はまだ少し時間が早いこともあって、すぐに座ることができた。

シュウくんは食欲がないと言っていたけれど、とりあえず、適当に料理を注文した後、ルーはメオの店に行った。

いつものように顔見知りの食堂のオーナーと少し世間話をして、ちょうど料理が揃ったところで、ルーが戻って来た。

「とりあえず、事情を話して、カップルから連絡があったら教えてくれるように頼んできた。もしかしたら、今日、バイクを返しにくるかもしれないから、ここで待ってよう。もし返しに来たら、すぐ店に行けるし」

「そうだね。さ、食べよう」

シュウくんは、落ち着かない様子だったけれど、在住日本人に人気のチキンカツを薦めたら、少し箸が進むようになった。

「今日バイクを返さないなら店に連絡があるはずだし、今日か明日か分からないけど、いずれにせよ、カップルは必ずバイクを返しにくるから。ただし、そのカップルがバッグを持って行ったのかどうかは、まだ分からないからね。可能性は高いと思うけど、聞いてみるまでは決めつけられないよ」

ルーがシュウくんに、慎重な口調で言った。

シュウくんは黙って聞いていた。

「そうね。とにかく、そのカップルに聞いてみて、違ってたら、警察に届けよう。捜査してもらえるかは分からないけど、貴重品も入ってたんだし、紛失届は作っておいた方がいいから。とにかく、連絡があるまでは待ってないといけないんだし、食べよ食べよ」

私はそう言って、シュウくんに野菜炒めを薦めた。

大方食べ終えた頃、メオが食堂にやって来た。

「さっき、連絡があって、レンタル延長して、今日は返しに来ないって。ついでに、パクセーでどこに泊まってるか聞いといたよ」

「ほんと?ありがとう」

「パクセーホテルの前のゲストハウスだって」

私はメオにお礼を言って、食堂のスタッフにお勘定を頼んだ。

支払を済ませると、私たちはそのゲストハウスルに向かった。

食堂からは、車なら数分の距離だ。

ゲストハウスの前に車を停めて、入り口を入ってすぐ正面のレセプションに行った。

私とルーは前にも知り合いがここに泊まっていて、レセプションの男の子とも顔見知りだった。

ルーは彼にパスポートの写真を見せて、泊まっているか聞いた。

「あー、女性と2人で夕方チェックインして、今は出かけてるよ。夕飯でも食べに行ったんじゃないかな」

「そう、ありがとう。ちょっと聞きたいことがあって。じゃあ、ちょっと待ってみるよ」

そう言って、私たちはゲストハウスの入り口に置いてあるベンチで待っていた。

ルーはレセプションの男の子と何やら話をしている。

私はシュウくんに聞いてみた。

「まだ、あの組合員の3人がバッグを取ったと思ってる?」

「いや…分からないです。なんだか色んなことがありすぎて、なんだかもうよく分かりません」

「まあ、そうだよね」

「冷静に考えれば、あの3人が取ったなんてことないと思うんですけど。でも、あの時はとっさにあんなこと言ってしまって。俺、最低ですよね」

「今日は色々あったからね。ああいう状況だったし。日本語だっから、他のみんなには、シュウくんが3人を疑ったってこと、分かってないはず。チャイは薄々感じてるっぽかったけどね」

シュウくんは黙って何かを考えている様子で、私も特に声をかけることもなく、シュウくんはどういう心境なのだろうか、チャイやケイさんも心配しているだろうな、などど思っていたら、ほどなくして、カップルがゲストハウスに戻って来た。

私たちに気付いて、少し驚いたような顔をしたように見えたが、そのままレセプションに向かったところで、ルーが英語で話しかけた。

「ハロー。今日、パクソンのカフェにいましたよね?」

カップルの女性は明らかに動揺したようだったが、男性の方は少し警戒しているように見えた。

「実は、あなた達がカフェから帰った後なんですけど、彼のバッグがなくなってしまって。警察に届ける前に、あの時、カフェにいた人たちにちょっと話を聞いてるんです」

2人は黙ったまま聞いていたが、男性の方が怒った感じで言った。

「俺たちが取ったと思っているのか?」

「いいえ、違います。あの時、ラオス人のグループもいたんですよ。見たでしょ?」

「ああ」

「彼らを疑ってる訳ではないんですけど、2人が何か見なったかなあと思いまして」

「いや、何も見ていないけど…でも、あのラオス人のグループが彼のバッグの近くにいたんじゃないの?」

「彼のバッグがどこにあったか知ってたんですか?」

「いや、なんとなく、入口の近くのシートに置いてあったような気がしただけだよ」

男性は平静を装っているようだったが、心中では焦っているように見えた。

「そうですか。あの時いたラオス人グループの身元は分かっているので。警察に届けたら、捜査してもらえると思うんですけど、一応、2人の連絡先、教えてもらっていいですか?」

「なぜ?」

「バッグが紛失したときにカフェにいた人、全員に話を聞いたり、指紋をとったりするかもしれませんので」

これは、完全にはったりだ。

ラオスで、バッグがなくなったくらいで警察が動くとは思えないし、指紋採取なんてありえない。

でも、旅行者であるカップルには、そんなことは分からないだろう。

「いや、俺たち、明日にはパクセーを離れるから」

「次はどこへ行くんです?」

「決まってないよ」

「明日の午後のシーパンドン行きの車の予約しときましたよ」

すかざす、ゲストハウスのレセプションの男の子が言った。

どうやら、ルーが事情を説明してくれていたらしい。

ルーは、この予約の話を聞いていたに違いない。

さすがに男性も動揺した様子で、レセプションの男の子を見た。

「シーパンドンに行く予定なんですね。だったら、チャンパサック県内だから、何かあればすぐに警察が見つけられると思うので、連絡があったら協力お願いしますね」

ルーは男性の目を見て言った。

これも完全にはったりだけれど、こう言えば、本当のことを言うと思ったのだろう。

もし彼らがバッグを取った犯人じゃなければ、警察に協力を頼まれても問題ないはずだし、もし犯人だったら、気持ちが揺れ動くはずだ。

「まあ、2人も何も見てないって言ってるし、しょうがないから警察行こうか」

黙って見守っていた私とシュウくんに、ルーは言った。

「そうね。バッグさえ見つかったら警察に行かなくてもいいんだけど…面倒くさいけどしょうがないね」

私はそう答えて、シュウくんの方を見ると、どうすればいいの分からないという感じで私の顔を見返した。

ルーはレセプションの男の子にお礼を言ったあと、躊躇するそぶりを見せずに、ゲストハウスを出て、車の運転席の方に向かって歩いて行った。

私たちもそれを追おうとしたが、カップルの女性の方が男性に何かを言っているのが聞こえた。

男性の方は、ただ「ノーノー」と繰り返しているようだったが、私たち2人が車に乗り込んだところで、女性がゲストハウスから出てきた。

ルーは車の窓を開けて、彼女を見た。

「ちょっと待っていて」

彼女はそう言って、ゲストハウスの中に戻り、階段を上っていく様子が見えた。

男性もそれを追って階段を上っていった。

しばらくして、彼女だけが戻ってきた。手にはシュウくんのバッグを持っていた。

「これですよね…」

彼女はバッグを見せて言った。

私とルーはシュウくんの方を見た。

「はい、それです」

私たちは車を下りて、ゲストハウスの中の待合スペースに集まった。

彼女はバッグをシュウくんに渡し、シュウくんは中身を調べている。

「パクソンのカフェで、シートに置いてあるのを見て、持って来てしまいました」

彼女は言った。

「お金がなくて…あの時、みんな、それぞれ何か話してるようで、誰も見ていないと思って、彼がとっさに…本当にごめんなさい」

「シュウくん、中身、どう?」

「はい、全部、あります」

「まだ、お金は使っていません。シーパンドンまで持って行くつもりで、シーパンドンで処分すれば見つからないって、彼が…」

「シュウくん、お金も減ってない?」

「はい」

その時、男性が下りてきた。

ルーが男性を見て言った。

「あなたは何か言うことないんですか?」

男性は少し考えた後、言った。

「ごめんなさい。まさか、見つかるとは思わなかったよ。まず、どうして、俺たちがここにいることが分かったんだ?」

「ラオスは世間が狭いんです。知り合いの知り合いは知り合いってことです」

「あの若いラオス人男性のグループが盗んだとは思わなかったの?」

「彼らは、あのカフェのオーナーと同じ共同組合のメンバーの家族です。そんなことはしません」

「なぜ、そう言える?」

「もし彼らがそんなことをしたら、家族に迷惑がかかります。ラオスは村社会なんですよ。それに上下関係もはっきりしています。特に田舎の農村部に住んでいる人や農業をやっている人たちは、みんな助け合って生きているから、その関係を壊すようなことを簡単にはしません」

男性はよく分からないような顔をして聞いていたが、ルーの隣にいる私の顔を見た。

明らかにラオス人ではない私に「理解できるか?」と聞いているような気がして、私は彼に言った。

「ラオスは、平和で犯罪がなくて、最後の楽園なんて言われたりしますけど、そんなことはないです。泥棒も殺人もあります。もちろん、突発的に起こる犯罪もあるし、都市部だと家族との繋がりの外で生きている人もいます。でも、ラオスの大部分を占める農村部では、まだ人との繋がりで生きている人がほとんどです。みんあ助け合わないと生きてけないことを知っています。村社会の中では、悪いことをした後、逃げるのも大変ですからね。だから、今回のことは、あのラオス人グループがしたことじゃない、ってみんな思ったんですよ」

2人は黙って聞いていた。

「とすると、あの時、その場にいた人はあなた達しかいなくて。確信があった訳ではないけど、とりあえず、あなた達の場所を探して、来てみたって訳です」

ルーが話をまとめた。

「で、シュウくん、どうする?警察には届ける?」

「バッグも戻ってきたし、中身も何もなくなっていませんし…警察に届けたら、どうなりますか?」

「うーん、まあ、届けたところで、バッグも返ってきてることだし、特に何もしてくれないだろうね」

「そうですよね。じゃあ、いいです」

カップルにはシュウくんが警察には届けないと言っていることを伝えた。

2人とも、何度も「ごめんなさい、ありがとう」と言っていた。

もう時間も遅くなっていたし、私たち3人は、そのまま車でパクソンに向かった。

ルーが運転しているので、私がケイさんに電話をかけて、これまでの事情を説明した。

チャイにはケイさんから事情を伝えてもらうように頼んで、これからシュウくんをパクソンまで送っていくと言って、電話を切った。

ルーは、ドラマや映画の影響でもともと探偵に憧れていて、過去にも車の窃盗犯やひったくりの犯人を見つけたことがあった。

ちなみにラオスは探偵業が認められていないので、探偵になることはできないのだが、もし認められていたら、探偵になりたいとすら思っているようだ。

ルーは、今回も自力で犯人を見つけて、バッグも戻ってきたことに満足しているようで、パクソンへの道中、ずっとご機嫌だった。

シュウくんは、バッグが戻ってきたことでやっと緊張がほぐれたようだったが、同時に何か考えるところもあるのだろう。

窓の外の真っ暗な風景を見ながら、物思いにふけっているようだった。

チャイのカフェに着くと、ケイさんとトゥーンもカフェで待っていてくれていた。

ルーは、パクソンへの移動時間の間に少し落ち着いていたが、また興奮がぶり返してきた様子で、カウンターに座って、チャイとトゥーンに事の顛末を話し始めた。

チャイは、話を聞きながら、コーヒーを淹れてくれている。

私とシュウくんとケイさんはテーブルに座った。

「ご心配、おかけしました」

シュウくんがケイさんに言った。

「いやあ、ほんとにバッグが戻って来てよかったねー」

「はい、ホッとしました。マリーさんとルーのおかげです」

「いやあ、ルーはこういうことがあると、張り切っちゃうから…」

「ルーは、本当に顔が広いんですね」

「っていうか、メオの店とか、あの辺りはもともと地元だからね。私と出会う前は、英語を使える仕事ばかりやってて、旅行関係にも知り合いが多いみたい」

「そのおかげで助かりました」

チャイが3人分のコーヒーを持って来てくれた。

「あー、やっぱり、チャイのコーヒー飲むと落ち着くわー」

私は、はあ~っと大きく息を吐いた。

「おいしい」

シュウくんは、1口飲んだあと、コーヒーカップに入ったコーヒーの表面をじっと見つめながら言った。

「癒されるね…」

ケイさんは、私たちを待っている間にも、何杯もコーヒーを飲んでいたようだったが、改めてじっくりと味わった後、優しい声で言った。

私とルーはコーヒーを1杯飲んで、パクセーに戻った。



(つづく)


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