1年生編 鶯声凛る(前編) 〜防大生 葉方慎シリーズ〜

第1話 着校

ボクは今、東北新幹線に乗って東京に向かっている。
車窓からは見慣れた3本の鉄塔が立っている。

ほんの1ヶ月前までは地元では名の知れた高校の学生だった。

ボクは明日、防衛大学校に着校する。

3人の同級生と共に。

ちなみに、この同級生たちとはつい2週間前に知り合ったばかり。

「葉方くん、やっぱり不安?」

そう話しかけてきたのは、音羽あみ。
この子もやはり1ヶ月前までは地元では名の知れた女子高の学生だった。

「うん、まぁそれなりに、ね。よくわからない世界だし。期待と不安が入り混じるってよく言うけど、今のボクはもはや不安しかない。音羽さんは?」

「よくわからない。お父さんは仕切りに無理はするなって言ってたけど、一応大学でしょ?なんとかなる気はするけど、でも自衛隊の学校だからなぁ。体力がついていけるか心配、かな。」

あみは見るからに華奢な女の子。
とても自衛官になれるとは思えない体型ではある。
お父さんが自衛官らしく、特に行きたい大学もないと相談したら、防衛大の受験を勧められたらしい。
決して国防に興味があるとか、やりがいのある仕事がしたいとか、そんな崇高な意志を持っているわけではない。

お前はどうなんだよって?

ボクは家から出たくて防衛大を目指した。
親からは地元にある旧帝の大学をすすめられたが、自宅で大学生活を過ごすのは嫌だった。
でも、我が家は自宅から通えないなら大学には行かせられないと言われていた。

どうしても家から出たいから何かいい方法はないかと調べていたら、見つけたのがこの防衛大学校。

ここは入学金や授業料がかからないうえ、毎月給料がもらえるし、おまけに夏と冬にはボーナスがもらえるらしい。

幸い、親は自衛隊アレルギーとかはなかったので、防衛大に行きたいと言っても首を横に振ることはなかった。

親としても、大学にかかるはずの費用がまるまる浮くわけだから、嫌なはずはない。

と言うことで防大合格に向けて受験勉強。
無事、合格することができて今に至る。

「葉方くんは高校の時なんの部活やっていたの?」

「あぁ・・・ええっと、クイ研。」

「えっ!?クイ研ってあの、高校生クイズとかの?」

「そうそう、東北大会では準決勝までしか行けなかったけど。」

「え、すごい!準決勝でもすごいよ!私の友達は○Xで負けちゃってたし。」

「バカ言っちゃいけませんよ、お姉さん。うちの高校は3年に1回は全国行ってるんだから。行けない方が問題なの。」

「確かに、よくテレビに出てるもんね、一高。
てか、クイ研なのに結構体しっかりしてるね。思ったより筋肉ある。」

そう言っておもむろにボクの腕を触ってきた。

・・・やめてくれ。

男子校出身なんだ。女の子のそういうスキンシップには慣れていない。

自分でも顔が火照ってきているのがわかる。

「私なんて全然、見て、ほら」

そう言ってあみは右腕に力こぶを作るそぶりを見せた。
はっきり言って全然筋肉はなさそう。

「音羽さんは何やってたの?」

「私?私は体操部。幽霊だけど」
そう言って幽霊ポーズをとった。

「どこで鍛えたの?クイ研なのに。」

「受験終わってからだから、11月からかな。近くのジムで鍛えてた。」

「へー意識高いね。私とは大違い。」

そんなこんなで話しているうちに東京駅に着いた。

他愛もない話だったけど、正直不安で押しつぶされそうだったボクにとってはいい気分転換になった。

東京駅から電車を乗り継いで、その日泊まる横浜のホテルに着いた。

そして、同期と一緒に夕ごはん。

ボクはやっぱり明日からの生活が不安で食欲がなかった。

みんなに合わせてトンカツなんて頼まなければよかった。

てか、あみはよく食べられるな。体力はなさそうだけど、度胸はきっとボクの数百倍はあるな。

その後は各自の部屋に入った。

ボクは部屋のテレビで東北楽天ゴールデンイーグルスの試合を見ていた。

明日からは楽天の試合は見られないのか。
せっかく仙台に来てくれたからいっぱい応援しようと思っているのな。

なんて思っていると、ノックが聞こえた。

音の主はあみだった。

「どうしたの?」

「うん、ちょっと話がしたくて。あ、でも邪魔だった、かな?」

「ううん、野球見てただけだし。」

「あ、今日は一場なんだ。」

「あ、野球好きなの?一緒に見る?」

「うん、見ようかな。」

そういってベッドに腰掛けてふたりで楽天の試合を見ることにした。

特に会話をするわけでもなく。

今思えば、襲うチャンスだったのに、

でもまぁあの時は不安だらけでそんなことも思いつかなかった。

きっとあみもそうだったに違いない。

「明日からこうしてテレビを見ることもできないんだね」
野球のテレビ中継が終わった後、あみはつぶやいた。

「そうだね。これまでの日常がまるっと変わるんだろうなぁ」

「なんだか、イヤになってきたなぁ」

「え?」

「なんてね!しっかり寝るんだよ?おやすみ!」

そう言って、あみは自分の部屋に帰った。

ボクはこのシグナルを見逃したことを、後で少し後悔することになる。

翌朝

ボクの曇りきった気分とは裏腹に、一面の青空だった。

昨日に引き続き、ごはんは喉を通らない。

普段の朝食は米なのに、今日はなぜかパンを選んだ。

この選択に後悔するのは、数日経ってからなのであるが。

今日もあみはしっかりごはんを食べていた。
華奢な体でよくあんなにたくさんのごはんを食べられるもんだ。

身支度を済ませて、京急の赤い電車に乗り込んだ。

ドレミファソラシド〜

と奏でるインバーターもあの時はどこか憂鬱なメロディに聞こえた。

あみを含め、同級生はみんな一言も話さない。

馬堀海岸から小原台に向かうバスの中、あみが言葉を発した。

「同じ中隊になるといいな。」

「え、誰と?」

「葉方くんと。」

「ホントだね。でも・・・」

「どうしたの?」

「音羽さんにみっともない姿見せたくないし、同じ大隊だったらいいかな。」

「気にしなくていいじゃん。どうせみんな怒られるよ。」

「そだね。音羽さんと離れるのはイヤ、かな。」

「うん。。」

何分か無言の時間が続いた。

まだ、到着しないでくれ。

もう少し、

もう少し、

時間よ止まれ。

そうしているうちに防衛大学校に着いてしまった。

目の前に立ちはだかる白亜の建物。

入試の時に来たけど、

存在感はハンパない。

バスを降りて、正門をくぐり、受付のある体育館へと向かった。

足取りは重い。

両方の足に誰か捕まってんじゃないかと言うくらい重かった。

そして、ボクは着校の受付を済ませた。

ボクは4大隊に属することになった。

ちなみにあみは1大隊。

どちらの願いも叶うことはなかった。

「葉方くん、またメールするね。」

「うん、ボクも。」

そう言ってボクたちはそれぞれ担当の上級生に着いて行った。

いよいよ、防衛大学校の生活が始まる。

【第1話 完】

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