見出し画像

フィクション短編)スパイフード計画

※この短編はフィクションです。

未だにスパイ防止法のない「オモテナシ国」は、外部からあらゆる諜報機関に狙われて、工作員が跋扈(ばっこ)している。

エリートの官僚をはじめ、国の中枢は、セキュリティーに対する態度がお粗末で、まるでスパイと共謀し売国しているようにも見えるが、実際に起こっていることが答えと言ってもよい。
インターネット監視のために導入されたシステム「X-KEYスコア」は、大国からのお下がりで、しかも、その国の諜報機関にせっつかれて使用している。国民性によるものだろうか。人間の本質的な尊厳であるプライベートの情報の流出も、言わば大江戸長屋根性で気にも留めない。遠い未来において、もっとも価値のあるものがプライベートという我々の考えからは程遠い。
このゲームステージ1のあまりのちょろさに「ここならば安全で、実績を作るのに容易い」と、軍人エリートの息子が派遣されたりしている。大事な息子を紛争地帯などに送るわけがないのだ。しかし、誤算はあった。食事が危ない。

この国の食べ物は農薬や添加物の含有量において最悪だった。海外の旅行会社はオモテナシ国の食品は危険であると注意を促している。自国のスーパーではデカデカと危険シールを貼ってある食べ物がワンサカありますと。

事実、オモテナシ国は保存料の種類も量も、世界一だ。海外では表記している保存料を保存料として認定しなかったり、僅かな量では表記しないように法律で弄っている。これだけ発達障害だなんだと言っておいて、まだ気づかないとは恐れ入る。さらには病気になってから消費する薬の量も世界一。医療マフィアにとって、こんなに御めでたい国はない。先進国でガン患者が増えているのはオモテナシ国のみ。国民がバカだからとも言われているが、それは我々の成果であると、老舗のスパイの誰彼が勝ち誇ったように語る。全くよい実験場になったと。しかし、自分まで実験動物の餌を食べるのはたまったものではない。

あるスパイは、オモテナシ国で働くようになってからは、飛行機の機内食すら、パッケージを見て原材料を確認するようになったらしい。彼らは、賢く、健康にも気を使う。騙すほうは、騙されるやつより優れていなければというエリート気質であれば、尚更だ。

「もう、多くの人間は銃弾では死なないのだ」

ゆっくりと毒物で生殖能力を失い、消えゆくだろうオモテナシ国民を実に下等な生き物だと、まさに空から見下ろしている。

しかし、とうとう食事に我慢出来なくなった民間人を装わないといけない多くの末端スパイたちが、安全な食べ物が食べたいと叫びはじめた。

「Yストアはまだ許せる。しかし、それだけでは不便で、遠出すれば怪しまれる。任務にも支障をきたす!」

上司は何度も言った。自炊をしろと、すると決まって帰ってくるのが、「分かってんだろ、あれは農薬が―」だ。

「俺たちには人権はある。食い物は選ばせてくれ。論文で豚に添加物を食わせた実験の結果を知ってんだ」

コピーした論文を提示してくるのでタチが悪い。

オモテナシ国の民族のように、ごまかしてやり過ごせるほどスパイたちは甘くなかった。要望を聞き入れないリーダーが、陰で部下に秘密を握られ脅されるなど、組織全体に綻びが出てくる始末。よって、仕方なく、本国に打診することとなった。

「オモテナシ国はすでに法人化されていて、我々の国の傘下、株式会社として名実ともに機能している。ただ、戦後に我々の先達がこの国に仕掛けた罠に、自分たちで混乱してチームワークを乱している状況はなんとかしたい」
「活動のためとはいえ、すでに飼いならしたモンキーの手綱を緩めるのは本末転倒だ。我々の得意とするところを発揮しよう。追って通達をする」

その2日後、机の上には「スパイフード計画」の書類が投げ出され、訓練された周辺視野で「知見のある同胞の健康、及び、その生殖能力の保護し、再び信頼を共にし、組織の機能改善を目的とする」と書かれているのを幾人が読み取る。

「これ、マジ?」

「そうだ、あまりにしつこいからな」

その1ヶ月後、スパイの要望を汲んだ大手スーパーにオーガニックの食べ物が少量、こっそりと陳列されるようになった。オモテナシ国民には海外で当たり前に存在するオーガニックストアを連想させないように。

よくある海外のオーガニックストアでは「いいか、ピーナッツバターは自分で機械を回して作るんだ」嬉しそうに孫に説明するお爺さんも、オモテナシ国では見かけることは今後もあってはならない。水分の少ない強烈な香りピーナッツバター、アレンジは自由だ。ハチミツと混ぜるでも十分いける。保存料なんて要ると思うかい?ビバ、弱体化!である。
組織は、戦後からオモテナシ国に対し常に弱体化工作を怠らなかったからこそ、今のシステムがある。計画の本流に、奴らの抜け道が出来てしまわないように細心の注意を払い徹底している。

「網の目は小さく、全体に張り廻らせ、正しく新しい習慣は億劫になるように、これがシステムの檻である」

「所長、カッケー」

さて、安全な食品リストを頭に叩き込み、スパイたちは喜び勇んで、怪しまれない一般のスーパーへ向かう買い物をする。スパイがハイクラスの職業に扮するのは、高級スーパーに行きやすいというメリットがあった。その格差を是正されるとあれば、終の住処とする末端のスパイも喜ばないわけがない。

「この焼き鳥か、でもこれ、前から買っていたやつじゃないか」

「ホルモン剤なしの生ハンバーグか、よし!」

「今度、コンビニにもう一品増えるみたいね」

オモテナシ国の国民にとってはどうでもいいようなことが、スパイたちにとて大きなガス抜きになっている。そして、組織の連携も改善されていく。

しかし、リスト通りに買い物するには、意外に手間がかかるのであった。ときどき売り切れて、手に入らなかったり、味に飽きてきたり。

「近況報告。同胞は健康に気を使えるという選択肢に安心し、精神的ストレスを解消するために、結局は添加物入りでも美味いものを手に取る者が大半となったことが判明しました」

「よし」
(判明?大げさな。システムの大枠通りじゃないか。正しく新しい習慣は億劫になるように…)

所長は机の引き出しを開け、事の初めに部下にチラ見せしなかったほうの計画に関する報告書を作成する。

「添加物よりもストレスによる活性酸素の方が毒であるという、妥協案に基づく情報を同時期に流布した。その情報がやっと身内にも浸透し始めた」と。

システムによる監視網を這い回るスパイたち、しかし、何人(なんびと)も檻の中である。

完)スパイフード計画













この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?