見出し画像

恥ずかしながら僕がTwitterに復帰した理由。

 はい、恥ずかしながら帰ってきました。無色陽失です。一回ツイッターを辞めました。それなのに、帰ってまいりました。その理由を話していきたいと思います。



 人間の欲というか、心理を見てしまって自分はツイッターを辞めた。辞めた理由について詳しく知りたい方は前の記事を見ていただきたい。まあ、簡単に言えば、集団の心理と創作の作業が捗らないということが主にあった。この二点を感じ辞めたといってもいい。先のこの集団心理というものは、とても怖く、多くの人が言っているからいい事であると、思いがちになる。実際、多くの人が言っていることの方が正しいことが大半だ。でも、思想や考え方、宗教などは絶対な正解は無い。個人の考え方でいい。それは明らかだ。それと同じようにSNSの意見もその人の個人の意見であることには変わりない。特にインターネットではそれが顕著に表れるものだ。だが、ときに、この隠れた攻撃手段を知らず知らずのうちに、使っている可能性は高い。残念ながら。

 これが辞めた理由だった。でも、復帰したのは勿論、この辞めた理由に勝る理由ができたのだ。それは何か。僕の趣味に関係するものである。

 僕はストリーマーの配信を見ることが趣味で日に2時間から3時間は見る。特に寝る前、二時間ぐらいは良く拝見させて頂いている。その配信媒体はツイッチであり、その活動者、配信者さん達だ。でも、やっているSNSが基本的に、Twitterしかない。だからか、インスタやTikTokなどやっていない人が大半で、情報がつかめない。なので、配信をやっている時間帯ですら、わからない。どんなイベントをやるのかすら、情報が皆無なので、Twitterを辞めて、情報が無いのは辛いと知った。そう、推しの応援ができないとなると辛いのだ。推しといってもその人はただのオッサンであるが。

 それも大きな理由の一つだが、そして何だかんだ、Twitterのニュース記事や、プロの作家さんや、教育者さんなどからエッセイのネタを得ることが多かったことに気付いた。基本的に、外に出ない僕はリアルな情報を得る手段が少ない。であるのならば、逆に、仮想世界ではあるがリアルな世界に接続しているとも言ってもいい、そのTwitterを辞めたのは、損をしているのではないかと考えたのである。

 大切なのは、気を付けながら自分なりに運営していくことで、人間の醜い所を見ても視線を逸らすのも社会勉強なのではないかとおもったのだ。

 フォロワーさんが居なくなったのは辛いが、まあ、一からやっていきたいと思う。何だかんだ、SNSは僕には必要だと気付いた、ここ数日であった。

この記事が参加している募集