カスハラの増加と「名前を出さない権利」

 客からの悪質なクレームや理不尽な要求など、カスタマーハラスメント(略して「カスハラ」)が増え、社会問題になっている。

 株式会社エス・ピー・ネットワークが2019年に、企業でクレーム対応を行った経験のある会社員1,030人に対して実施した調査によると、直近の3年間でカスカラが増えていると感じる人が55.8%に達する。また58.1%の人がカスハラに困っていると答えている。

 このようにわが国でカスハラが広がってきた背景には、「お客様は神様」という考え方が歪んだ形で浸透し、それが一部の顧客を増長させたこと、そして波風を立てたくない企業側の事なかれ主義的な体質があると考えられる。

 その犠牲になっているのが、顧客を相手にする現場の従業員だ。従業員の意識づけと責任の所在を明らかにする目的から近年、飲食店や接客の仕事をする人は胸に名札をつけて仕事をするのが当たり前になってきた。またコールセンターのオペレータなども、自分の名を名乗るのが普通になっている。

 これはサービスの質向上という面で効果があるかもしれないが、従業員の立場からするととても危険だ。実際にコールセンターなどでも、名指しのクレームや嫌がらせが増えているという。とくに今はSNSなどに個人名をあげて拡散させることは、しようと思えば容易にできる。悪意の投稿がいったん拡散したら、その危険性は計り知れない。個人情報保護がこれだけ叫ばれる時代に、なんと無防備なことをやっているのかと思う。さらに個人名を出せばストーカーの被害にも遭いやすくなる。

 私はこれまで一種の知的所有権を尊重する立場から、社内でも個人のアイデアや成果物には発案者・製作者の名前を明記すべきだと主張してきた。しかし上記のような例はまったく事情が異なる。単なる接客やサービスなどは、従業員が会社の業務を担っているに過ぎない。したがって人格を備えた個人の顔ではなく、会社の顔で仕事をさせるのが筋である。

 責任の所在を明確にすることが目的なら、本名でなくニックネームなど仮名でよいはずだ。

 従業員には「名前を出す権利」とともに「名前を出さない権利」もある。個人の人格を尊重するためにはどちらも大切なのである。雇用主には個人の人格を守る責任があることを自覚してもらいたい。

「個人」の視点から組織、社会などについて感じたことを記しています。