「何もしないほうが得な日本」は変わるか?

 正月に届いた年賀状が、ピークの半分以下に減った。多くの人が「今後はSNSなどで・・・」の言葉を添えて年賀状じまいを宣言する。
 また職場の忘年会、新年会、歓送迎会も開かれなくなった。結婚式は親族だけで行うのが普通になり、職場の同僚や仕事関係の葬式に行くこともない。伝統的な行事やセレモニーがつぎつぎと廃止されていく。コロナ禍、そしてSNSの普及がそれに拍車をかけていることは間違いないが、渡りに船とばかりに便乗している気配も漂う。結局のところ、できればやめたかったのである。
 「できればしたくない」という感情は日本中に蔓延している。
 一昨年、働く人500人あまりを対象に行った調査では、「失敗のリスクを冒してまでチャレンジしないほうが得」だと考えている人が65%とほぼ3分の2を占めた。「自ら転職や独立をしないほうが得」だと思っている人も51%と半数を超える。さらに、同僚としては「チャレンジする人」より「調和を大事にする人」のほうを好むと答えた人が68%に達した。
 またPTAや町内会の会議では、「できるだけ発言しないほうがよい」と思っている人が6割近くを占める。深く関わりたくないのだ。
 大人だけではない。高校生を対象にした質問では、「授業中にわかっていても手を挙げなかったり、自分の意見を言わなかったりすることがある」という回答が90%、「高校時代は何かに挑戦したり、新しいことを始めたりするより学校の勉強や受験勉強に専念したほうが得」と答えた人も49%に達した。
※出所:拙著『何もしないほうが得な日本』PHP新書、2022年。
 他人との交わりや社会的な活動を避けているとしたら、代わりに何をしているのか? SNSなどネットの世界に入り込んだり、ゲームを楽しんだりすることか? たしかに短期的にはそれで不満はないかもしれない。しかし、長期的には社会や組織にとってはもちろん個人にとっても歪みが出てくる可能性がある。みんなが「何もしない」ことでシステムがうまく回るはずはないからだ。要するにサステナブルではないのである。
 若者たちも、いずれ「何もしないほうが得」という考え方が通用しないことに気づくだろう。現にその兆しはある。コロナ禍が一段落して対面回帰に戻す企業が増えているが、背景には完全リモートより出社を望む社員が少なくないという現実もある。また厳しいノルマもパワハラもなく「ホワイト」だけれど、ワクワク感が得られない職場を静かに辞めていく若者が増えていると言われる。あれほど避けてきた忘年会や飲み会を、若者主導で復活させようという動きもみられる。
 もしかすると、そろそろ「何もしないほうが得」という後ろ向きの意識変化が底を打ち、日本人のなかにも積極性が芽生えるかもしれない。もっとも、それは従来とは違う方向に向かうだろう。今年は新しく浮かんでくる日本の姿に注目していたい。 

「個人」の視点から組織、社会などについて感じたことを記しています。