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春の終わり、夏の始まり 33

リビングに戻って来た唯史が持ってきたのは、A4より少し大きめの封筒であった。3センチほどの厚みがある。
「これこれ」
義之はにやりと笑うと、開封する。
「半分くらい、自己満足で作ったんやけどな」
意味が分からない、といった表情で、唯史が首をかしげる。

「ドン引きされたら、ちょっと悲しいけど」
義之が包みから取り出したのは、一冊の本のようであった。
「これは……?」
A4サイズの薄いブルーの表紙には、何の文字も書かれていない。

「唯史、開いてみ」
照れたような表情で、義之は唯史にそれを手渡した。
唯史は、義之が何を意図しているのかわからないまま、ページをめくる。

「これは……」
義之が撮った唯史の写真が、そこにはあった。
曇り空の下、カメラを構える唯史の姿は、初めて写真を撮りに公園に行った時のものである。
その表情は、どこか迷いと寂しさが漂っており、唯史の内面の不安を映し出していた。

「この頃の唯史は、本当にしんどそうやった。唯史がカメラを使って『表現する』ことで、しんどいのが紛れてくれたら、と俺は思ってた」
義之は、タバコに火を点ける。
「うん、覚えてる。マジでしんどかったし、つらかった」
思い出しながら、唯史はページをめくった。

それは、義之による「唯史の記録」であった。
週末ごとに出かけた場所で、義之は唯史の姿を撮り続け、それをフォトブックにまとめたのだ。
ページが進むにつれ、フォトブックの中の唯史の表情が変わっていく。

後半は、那智勝浦に旅行した時の写真になっていた。
熊野本宮大社の大鳥居の前で笑顔を見せる唯史、旅館でのくつろいだ表情、那智の滝の前で撮った、心から楽しそうな笑顔。

そして最後のページを見たとき、唯史の目に涙が浮かんだ。
最後のページは、上半分に勝浦の旅館で見た夜明けの写真がレイアウトされていた。
その下に、義之による手書きのメッセージが印刷されている。

『唯史との毎日が、俺にとっては大きな喜びです。
これからも、唯史の隣で笑い合いながら生きていきたい』

メッセージは、このようにつづられていた。

「義之、これって……」
「そのまんま、受け取ってくれたらいい」
照れ隠しなのか、義之は顔をそむける。
「イタリアに行く直前にフォトブック申し込んだんやけど、これを唯史に見せようか迷った」
「なんで?」
「いやだって、恥ずかしいやん?言ってみれば、唯史の写真集やで?俺の自己満足でしかないやん」
義之は顔をそむけたまま、頭をかいた。

「義之、ずっと俺のことを見守ってくれてたんやな」
写真から、義之の温かさが伝わってくるような気がした。
「唯史、これでわかったやろ?俺が結婚せぇへん理由」
うつむいたままの義之の顔は、真っ赤に染まっている。

「それって、つまり……」
まさか、と思いながらも、唯史はひとつの結論に達する。
「ずっと、好きやったねん」
言い残すようにつぶやくと、義之はダイニングへと向かった。

「いや待て、マジか……」
ひとりごちて、唯史は煙草に火を点ける。
そういえば、思い当たる節はあったのだ。
どこまでも唯史に甘かった義之、そして那智勝浦の旅館で迎えた朝。
あの時感じた体温の心地よさは、義之の愛情に裏打ちされていたのか。

2本のビールを手に、義之が戻って来た。
プルタブを開け、義之もまたタバコを口にくわえる。
「義之、いつからなん?」
義之は、煙を深く吸い込み、そして吐き出した。
「中3の頃からかな」
「そんなに!?15年も!?」
驚いた唯史の、缶ビールを持つ手が止まる。

「そう。中3になった時、集合写真撮ったやん?その時に一目ぼれした感じかなぁ」
「義之、前に女性と付き合ったことあるって……」
唯史は疑問を口にする。
「まぁ一応はね。でも長続きせぇへんねん。仕事が不規則なせいもあるけど、やっぱり気持ちのどこかに唯史が居てた気がする」
「俺、一度は結婚したのに?」
忘れかけていたことを、唯史は思い出した。

「そう。まぁ俺も唯史も男やし、そこはしゃあないかな、てあきらめた」
「義之、もともと男が好きな人間やったっけ?」
「違うな。ゲイでもバイでもない。女は何人か付き合ったけど、唯史はまた別というか」
その感覚は、唯史も理解しつつある。
実際、唯史自身も同じ気持ちを持っているからだ。

「唯史、引いたか?」
苦笑いを浮かべて、義之はビールをあおる。
「いや、全然。むしろ、ちょっと嬉しい」
唯史は、正直な気持ちを口にした。
「マジか」
「うん」
うなずいた唯史の髪をわしゃわしゃと乱暴に撫で、義之はその細い体を力いっぱい抱きしめた。

「俺の都合のいいように解釈すると、イエス、でいいんやな」
「男を好きになったことがないから、よくわからんけど」
義之の背に腕を回しながら、唯史はその温もりに身を預ける。
「たぶん、イエスで間違ってないと思う」
ああ、やっぱり自分の気持ちはこれだったのか。
すべてにおいて、すとんと腑に落ちたような感覚を、唯史は味わっていた。

「あ、そういえば」
思い出したように、義之が唯史の体から離れた。
「ん?」
義之は立ち上がり、床に置いたままのスーツケースを開ける。

「イタリアの土産があるねん」
再びソファに腰を下ろした義之の手には、小さな包みが2つ。
そのうちの1つ、目印のような小さなシールが貼られたそれを、義之は唯史に差し出した。

「開けてみ」
開封すると、中から出てきたのは小さなモチーフのついたペンダントであった。
黒いコードに、幅1センチ、長さ3センチほどの長方形のガラスでてきたモチーフがついている。
透明なガラスの中に、流れる水のような濃い青色の模様が入っている。

「これは?」
「ベネチアングラスの工場に行った時、買ったねん。唯史に似合いそうやなと思って」
「那智の滝みたいやな」
ペンダントを手に、唯史がつぶやく。
「あ、それ俺も思った。だからこれに決めたんやけど」
唯史は普段、アクセサリーをほとんど身に着けない。
だがこれは、いつも着けておこうと思った。

「俺はコレ」
義之が、自分用に買ったペンダントを見せる。
同じような物だが、色が違っていた。透明なガラスの中に、ブラックとシルバーの模様が入っている。
「なんか義之っぽい」
ブラックとシルバーという色に、唯史はカメラの機材を連想した。
「そやろ。まぁ男同士でペアっつーのもどうかな、と思ったんやけど」
恥ずかしそうに、義之は苦笑する。

「義之が俺に着けてよ」
唯史は、義之にネックレスを差し出す。
「え」
思わぬ提案に、義之が固まった。
「結婚指輪って、自分ではめへんやん?」
至極当然のように言って、唯史は微笑む。

「唯史、意外とロマンチストなんやな」
言いながら、義之は唯史の首にペンダントをかけた。
「義之のも、貸して」
今度は唯史が、義之の首にペンダントをかける。

「俺は一度は結婚して離婚した身やから、偉そうなことは言えんけど」
唯史は、義之の厚い胸板に身を投げ出す。
「義之とは、このままずっと一緒に居たいと思ってる」
唯史の体を、義之はしっかりと受け止めた。

(完)

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