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【5】迷求空間〜迷求空間

1.名前のある空間の終焉
建築における「室名」は、その場所の用途に応じた安全性を確保するため、建築基準法により分類する手段として用いられている。それに準じて建築や室の下地及び仕上材や防災設備などの仕様を決定する。しかし、室名に名前を付けることは「機能」を限定し、多様な使われ方を担保しない。

「場所」というのは本来は道具を持ち込むことにより用途が定義される。与えられた空間の中でどのように過ごしたいか、という使い手の能動性によって場所は生成されるのである。それらは公園や広場や辻空間のようなものをイメージすればいい。子供の「ままごと」もわかりやすい。子供は何もない空間に道具を持ち込んだり、場所の性格を無意識に捉えることで機能を定義して遊び始める。

離散的なフラット・シティにおいては、生活環境への著しい影響が懸念される場合や最低限の機能が優先される場合を除いて用途は未確定で、利用者の能動性を尊重して場所は定義付けられる。

それぞれが適度な距離感を保ちながら、思い思いの場所を見つけて公園を楽しむ様子。
(神戸市/東遊園地)

2.地方都市の空間
不特定多数の暮らす密集した都市は顕名性が低く、匿名性が高い。郊外や既存集落は顕名性が高く、匿名性が低い。人口の少ない地方都市や郊外や既存集落の地域住民はお互いの生活に干渉しがちになる。

都市部では生活環境を維持するために市民の役割が細分化されている。既存集落や郊外は都市部とは異なり、必要最低限の生活環境を維持するために共同で地域を管理するためのコミュニティの維持保存が欠かせない。しかし、この仕組みは価値観の異なる人間を排除することにも繋がる場合がある。

密集しないフラットに広がる都市が創造的になるためには、多様な価値を受け入れるための寛容性が重要である。

職場空間・住空間・宿泊空間等には、コミュニティに干渉されない個人や組織の価値観を尊重する空間の確保、地域に開かれた新たな出会いとお互いの理解を促して良好な関係を築くためのオープンなスペース、それらと地域を繋ぐ緩衝空間をバランスよく内外部に配置して関係付ける必要がある。

玄関ポーチに設けた垂れ壁をくぐってアプローチする住宅。
接道している道路の反対側には家族や地域住民と団練することのできるデッキを設けている。
(U邸実施設計案/水谷元建築都市設計室)
地域の主要な道路から極力離れた位置に住宅を配置。プライベートを重視した住宅だが、家主は地域にも親しまれる人物である。「友好の記号」として透明の玄関引戸を設けてた。
(島の家 001/設計:三宅唯弘設計事務所+水谷元建築都市設計室/写真:石井紀久)

3.サイトスペシフィックによる創造性の喚起
知識産業時代においては就労者への創造性の喚起が重要である。創造の源泉は異なる価値や知識が出会う機会の多さに相関する。極度に密集した都市の最大の魅力であった。

しかし、素敵な偶然の出会い”Serendipity”は人間相手とは限らない。その地域やその場所で育まれてきた文化や技術、固有の風景や自然の生態系や風景は閃きを与えてくれる。

人間同士の出会いの機会が少ないフラットな都市は、それに変わる創造を喚起させるような空間体験が求められる。その地域や場所の固有性の成り立ちを捉え可視化する試み、その場所でしか成立しえない体験が求められ、空間はその基盤とならなければならず、その空間体験もまた場所から導かれた固有性を必要とする。

育まれた固有性はその場所でしか成立し得ない体験を産み、独自の体験を求める人々を呼び込む。フラットな都市は、他者を排除するのでなく、積極的に交流を促し、ネットワークで知識を繋ぎ、創造性を発揮する。

水谷元建築都市設計室のオフィス。大きな開口部から生き生きとした緑や季節の変化を望める。
友人主催のBBQの際に設置した日除け。風に揺れる布を通して風を知覚することができる。
周辺の美しい景色や風景をいかに切り取るか。
何を隠して何を見せるかで空間の質は大きく異なる。

4.行き止まりのない迷求性
人や自然や風景とのSerendipityは、普段とは異なる移動のルートや場所によってもたらされる。都市であっても、建築であっても、流動的な行き止まりのない空間であることが望ましい。動線や場所は選択可能性が豊富な方が良い。

生き生きと暮らす動植物、時間や季節で異なる表情を見せる自然、人々のアクティビティや様々なシーンは、私たちの日常を飽きさせず、暮らしを豊かにしてくれる。小さな出会いとその連続がリラックスした時間や能動的な瞬間に導いてくれる。

その機会を最大化するためには、空間に行き止まりのない迷宮性が必要になる。天井の高い場所、低い場所、開放的な場所、孤独を保証してくれる場所など、様々なシーンに対応し、それぞれに豊かな体験を与えてくれる空間が望ましい。

「名前のある空間の終焉」で書いたように、「道」や「廊下」もまた移動を目的として名付けられている。「道」もまた導線を確保するための空間とするだけではなく、様々な出会いと活動の場所として設計しなければならない。アクティビティが連続する風景、生み出された場所が連続的に重なり、シームレスに繋がる空間こそ「迷求空間」である。

5分割されたシンプルな平面だが、庭→室→庭と導線を工夫することで見える風景が複雑に展開する。決して大きな住宅ではないが、規模以上の豊かな空間がコンクリートの中に展開する。
(能見邸/安藤忠雄建築研究所:住宅特集9712)
様々な導線が確保された決まった導線のない空間。
内部と外部が複雑に交差し、要所で様々なシーンに出会うことができる。
(福岡市植物園/設計:瀧光夫)

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