映画レビュー(10)「さらば青春の光」

「さらば青春の光」

(2004年 06月 21日 「読書記録゛(どくしょきろぐ)」掲載)

 ザ・フーのアルバム『四重人格』を原作として製作されたフランク・ロッダムの情熱的な作品。ということになっているが、お話はちっとも情熱的ではない。むしろ苦く沈鬱な物語である。
 モッズカルチャーやスクーターのかっこよさを期待してみると少し肩透かしかも。
 何しろいきなりオープニングの中で、主人公はバイクに乗るロッカーたちから、馬鹿にされ追い抜かれていく。リアルである。
もともとモッズのスクーターは車やバイクを買えない低所得層の若者たちが、憧れの車のパーツでスクーターをデコレーションしたのが始まりだからだ。
 それゆえに、俺的には大傑作である。
 モッズとしてのカッコよさに命をかけるジミーは、夜毎仲間と遊び歩くことだけが生きがいの若者だ。ブライトンの週末、ロッカーたちと派手な暴動を起こし、憧れの彼女ステフとも愛を交わす。モッズの英雄エースとともに逮捕され、得意満面のジミー。
 しかし、日常に戻ると、上司と言い争って会社を辞め、家庭からは追い出される。仕事を辞めて無職になったジミーは、モッズの仲間からは「何を考えているんだ」と相手にされなくなる。ステフからも嫌われる。
 祭りの去ったブライトンの町を、一人とぼとぼと歩き回るシーンは苦い。ステフと愛を交わした路地裏のシーンで目頭が熱くなった。
 愚かな若者の物語であるが、俺が初めて場末の劇場で見たときが19歳。まさに愚かさの真っ只中だった。
 ジミーは、モッズというファッションで演技している自分と、本当の自分との乖離を感じはじめたのだ。周りの連中のように、日常とファッションを適当に使い分けができない愚かしくも不器用なジミーに、当時精神的に孤独だった俺は、自分の姿を重ねていたのだった。
 憧れのヒーロー、モッズのエース(スティングがやってるよ)が実は普段はホテルのベルボーイとして、客の荷物運びをしていることを知ったジミーは、エースのスクーターを盗んで、ドーバーの崖を突っ走る。
 ラストシーン、スクーターが崖から飛び出し、岩にあたって砕け散った時、俺は映画館の隅でさめざめと泣いていたのだった。

 音楽は、オリジナルの「四重人格」のほうがいいよ。俺的には。
 個人的には、ああいったスクーターに乗って、おしゃれな町でつっぱらかってみたい気もするね。残念ながら、もうハゲオヤジだけど(笑)
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 ザ・フーは大好きで、自分の作品の中でも引用したことがある。
 やっぱりほろ苦い物語である。

1988 獣の歌/他1編←官能ホラーだから、ご注意ください。だって恥ずかしいじゃないですか。

追記6月26日
 この映画は、少年が思春期というアンバランスな時代と別れを告げる、というか決着をつけていく数日を描いた物語だ。
 だからこそ、俺は何度も何度も見返してしまい、何度も何度も考える。
 この映画の初見の適正年齢は17から25歳ぐらいではないだろうか。自分の心に決着をつけた人間こそが、この映画の苦さを実感できるのではないかと思えるのだ。

 そして46歳(今)になっても、当時(思春期=異性にもてるかどうか、が最大の価値であった時代)の心の揺らぎや、劣等感や疎外感や、そして、結局自分は「一人だ」という自覚にいたるまでの心の軌跡をたどることができるのだ。
 また、この映画には、チャーミングな女の子が出てくるが、ヒロインのステフより、みんなから馬鹿にされている「モンキー」という女の子のジミーに対する一途な視線が、いとおしく感じる。ま、それだけ大人になったってことだね、俺も。

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