小説指南抄(27)大きな嘘を補強するのは細部のリアリティー

(2015年 11月 29日 「読書記録゛(どくしょきろぐ)」掲載)
 今、昭和十八年を舞台にしたSF小説を書いている。小説に限らずフィクションとは「嘘」であるが、SF小説は特に読者の予想を裏切る「大嘘」でなければならない。このような大嘘に必要なことこそ細部のもっともらしいリアリティーである。
 そのリアリティーを出すためにどのようなことをしているかを、少し種明かしする。

 当時の地方の国鉄(今のJR)駅を描写するために、駅に掲示されていたかもしれない同じ時代の広告ポスターを調べた。そこで、某企業の広告の戦中の広告の変化を知ることができたので、登場人物が、駅に貼られたそのポスターが半年前より戦時色が強まったことを感じる描写を入れた。
 このように、資料を当たることでシーンが思い浮かぶ。逆に言えば、ここまで煮詰めてから書いているということだ。そうすればいったん書き始めた後に筆が止まると言うことはあまりなくなる。

 リアリティーというのは「モノ」や「現象」だけでない。当時の人々の感覚も重要である。例を挙げてみよう。

 昭和十八年の作中で語られる「写真」や「映画」は大半がモノクロだ。だから、カラー写真やカラーフィルムが出てきた場合は、登場人物は「お、天然色(当時の言い方)だ!」と思わねばならない。ちなみに、昭和の五十年代に広告業界に就職した私は、「モノクロフィルムの方がカラーフィルムより高額」になっていることを知って驚いたものである。

 同様な世間一般の意識の変化は、男女関係、教育関係など社会全体に及んでいる。インターネットのおかげで「モノ」や「現象」のリアルは資料がすぐ手に入るが、この社会意識のリアルは、作家のセンスや想像力が必要だ。

 このセンスが磨かれていれば、幻想小説などで架空の世界の構築をする際にもリアルな世界を構築できる。広く社会に目を向けて、センスを磨いてほしい。

(2023/10/10 追記)
 過去を舞台にした作品で過去らしさを演出する一つが、喫煙。昭和時代はもう、どこでもタバコが吸えたのである。もうもうと煙が漂う事務所とか、タバコのやにでくすんだ窓ガラスなど、過去感を出すのに最適だが、同時に、それを当然のように受け入れている人や社会のありさまを描くことで過去の感じを描ける。
 そういった工夫を面倒と感じずに面白いと感じられる、それこそが才能である。
 ちなみにこの記事執筆時に書いていた作品が「不死の宴 第一部終戦編」である。
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