映画レビュー(74)「水曜日が消えた」


 プライムビデオで視聴。よくできた脚本に感心した。監督の吉野氏、城戸賞獲ってるのか、そりゃ巧いはずだ。

多重人格もの

 子供の頃の事故で、曜日ごとに違う人格になる主人公。その火曜日の人格目線で物語は始まる。彼らはお互いにメモや日記を通して日常の情報を共有して日常を生きている。七人の人格の中で、一番地味でさえないのが「火曜日」である。前日「月曜日」の破天荒な生活の後片付けから始まる「火曜日」の朝。その一日を終えて眠りについた「火曜日」が目を覚ますと、そこは水曜日の朝だった。
 医者にその事実を隠しながら、初めて二日連続の日常を送る「火曜日」
 それは、寛解なのか、それとも悪化なのか?

隠された自分の内面との出会い

「彼ら」の物語を追いながら、これは少年が大人になるにつれ、自分の内面に秘めたいろいろな側面に気づき、自身のアイデンティティを確立していくことの優れた暗喩になっていると気づかされた。思えば自分自身、「小説を書く俺」「父としての俺」「企業人として勤める俺」「うつ患者の俺」という具合にいくつもの側面の自分がいた。
 このいくつもの側面の寓意として、一つの体に曜日ごとに違う独立したキャラを入れた巧さ。でもこれは、最初に曜日ごとに違う他人という設定を思いつき、そこに入れる寓意として後から出てきたテーマだと思う。それこそが作家的な思考だと思う(あくまで私見だけど)

折り合いをつけて認め合う

 人は誰でも自分の中の相反する気持ちと、ある時は戦い、ある時は認めあう。作品のエンドロールを見ながら、彼ら七人の人格は決して優劣をつけたりするものではないのだと感じ、幸せな気持ちになった。
 昔、私がうつだったころ、病気の自分を許せなく、厳しく自分を追い込んでいた。しかし、寛解するにつれ、その自分への不寛容こそが病気の原因だったことが分かった。
 弱い自分をもっと認めて許そうと思った。そのかわり、他人の弱さや欠点にも寛容になればいいのだ。そんな当時の気づきを、この映画で思い出したのだった。
 自分の中の他人との、戦いと和解の物語でもあるのだ。

「水曜日が消えた」

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