映画レビュー(22)「福田村事件」森達也監督

本当に怖いのは何か

 公開中の映画を観てきました。重い映画ですが、ストーリーはきっちりとエンタメになっています。

 関東大震災の際、流言飛語で扇動された自警団たちによって、朝鮮人たちが殺されているとき、千葉県の田舎で、朝鮮人に間違われた讃岐の行商人が虐殺された事件をドラマ化した作品。
 当時の時代背景が良く描かれている。流言飛語は独立運動をする朝鮮人と社会主義者を一網打尽にするために警察署が流したという説には?だが、この四年前に起きた三・一運動を思うとありえそうでもある。メインの登場人物の一人はこの4年前のその鎮圧に関係して心を病んでいる。
 また、当時の社会では「社会主義」がまだ人類の理想であったことがわかる。21世紀になってみると、それもまた幻想であったことがわかるのだが、それも時代色だ。

 ごく普通の住人が、デマによる扇動で恐怖に駆られて虐殺に走る怖さを描いているが、注意しなければならないのは、殺す側が在郷軍人会のいわば戦前の忠君愛国勢力であること。
 ここで、「ほら愛国とか戦争礼賛主義者は怖いよね」と短絡的に考えると真のテーマを見逃すことになる。
 
 流されたデマを検討することなく拡散する新聞社。また聞きのデマを流布する大衆。そして、戦いに盛り上がる好戦的な大衆。これは戦前の大日本帝国時代の話だからと思っていてはいけない。
 人間の中には「~を守るために戦う」ことが大好きな連中がいるのだ。
 今現在でも、そういった戦いたくて仕方ない連中がそこら中にいるではないか。
 この「」の中にはいろいろな言葉が代入できる。「祖国」「自由」「平和」「人権」「自然」など左右を問わずに話し合いより戦いを選ぶ連中がいる
 この作品で描かれたような事件は、今現在でも世界中で起きている。ラスト、村長が「私ら、この村でこれからも生きていかなきゃならない」と記事にしないでくれと呟くシーン。
 本当に怖いのは、同調圧力に抗うことのできない集団心理に他ならないのだ。
 作中では青春を過ごした軍隊の思い出に耽り、日常から軍隊を懐かしむ在郷軍人会が、水を得た魚のように軍人色を振りまいて自警団を組織する。これが、青春を過ごした学生運動の思い出に耽り、水を得た魚のように嬉々としてデモや抗議行動に馳せ参じる現代の団塊世代に重なったのは、私が団塊世代を忌み嫌うポスト団塊世代だからか(苦笑)
 願わくば、この作品が右翼と左翼の薄っぺらい論戦のネタにならないことを祈りたい。もっと深い作品なのだから。
 

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