ブックガイド(86)「20億の針」(ハル・クレメント)



 今回は「寄生宿主バディもの」の元祖、クレメントの「20億の針」(1965年)である。
 主人公のハンター(捕り手)は犯罪者(ホシ)を追って地球にやってきたが宇宙船が墜落。ゼリー状の体のハンターは先ずはサメ、そして海水浴に来ていた15歳の少年に寄生する。そしてその少年に事情を打ち明け、一緒に誰かに寄生しているであろう犯罪者を捜す。
 まさに、「ウルトラマン」(1966年)であり、「ヒドゥン」(1987年米映画)であり、「寄生獣」(1988年)であり、と同じような作品が次々に浮かぶが、この作品こそがその元祖。この一作でジャンルを切り開いた作品である。

究極の理系小説


 主人公は理性しかない宇宙人、宿主の地球人の体の動きや心の動きを内部から観察して、少年の喜怒哀楽すら鼓動や脈拍で描く。このとことん理系な描写が一種のハードボイルド感にも繋がっている。このハンターと少年が冒険を通して相互に理解し合うのは、もうバディもののお手本である。少年の気持ちがヴィヴィッドに描かれていて、ジュブナイルSFとしても傑作だ。
 このタイトルの「針」とは、藁の山から一本の針を探すということわざから来ている。20億は当時の人類の総人口である。

実は私も影響受けた作品を書いてる


 実は私も後追い作家の一人である。書いた作品は「1988 獣の歌」(旧題、「心獣の歌」)
 1990年、会社員をしながら小説を書いていた私は、三歳と一歳の乳飲み子を抱えて給料だけではやってけない状態だった。公募も最終候補にようやく到達した頃。
 背に腹は代えられないと一念発起して官能小説を書いたのだった。その二週間で書きあげた40枚強の作品が、今はなき東京三世社の「月刊官能小説」誌に採用されて、五万円弱の稿料を得ることが出来た。嫁も喜んで、もっと書きなさいと発破かけてくる有様だった。
 その矢先に、テレビ東京のドラマ原作募集で佳作入選した。副賞の賞金50万円を得て、よし官能小説からは足を洗おうと決めたのだが、「最後に長編を書いときたいな」と思って書いた作品である。
 当時、熱中していた「レリクス」(1986年・ボーステック社)というPCゲーム、倒した相手の肉体を乗っ取ってステージを進むシステムで、これを「セックスした相手に乗り移っていく」にすれば官能SFいけるやん、と考えたのだった。
 当時、ユングに凝っていた私は、この主人公を「けもの」と名付け、三章構成、各話の冒頭に三人称で獣の過去エピソードの断片、本章では「けもの」の一人称「私」で進める構成にした。
 けものは、長期間、特定の人物内にいると、その宿主にパーソナリティの一部として吸収されてしまう。そのためには誰かとセックスをさせて、相手に移動するしかない、という縛りで、セックスシーンを何回も描く必然性を作った。
 その上で、物語の冒頭で殺されようとした女から緊急避難のように「跳躍」して新生児の体に入ってしまった「けもの」は、自分が何者であるかの記憶を失ってしまうという設定を与えた。
「けもの」のセックス行脚は、自分が何者であるかを見つける探求の旅でもあるのだ。

寄生宿主ものの目線


 宿主を理性的にドライに描いていく視線は、感情に流されずに人間を観察して描く作家の視線と重なる。この作品を書きながらそれに気づくことが出来た。
 物語のラスト、「けもの」は自分が何かの答えを見つけ、同時に作者の私は「けもの」の目線こそ作家の目線だと気づくのだ。

 寄生宿主バディものの元祖となった「20億の針」は、これほど後進の作家に影響を与えているのだ。1992年にはワールドコンにてヤングアダルトSFを対象としたハル・クレメント賞が設立されたほど。

「20億の針」

(追記)
文中で触れている自作の「1988獣の歌」は下記リンク先です。
Kindleアンリミテッドなら無料。
「1988獣の歌」


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