1700字シアター(10)煽り運転
(2021/05/15 ステキブンゲイ掲載)
夕刻の名古屋高速はかなりの交通量である。
その車の流れの中でも自動二輪は、その加速性と車幅の薄さで、混雑を回避して走ることができる。
印刷原稿の校正用清刷や血液検体など、急を要する配送でバイク便が活躍する所以である。
かくいう俺もバイク便のライダーになって二年が経っていた。
薄紫の夜空の下を走っていると、仕事中とはいえ気分が高揚する。
そのときだ、左のハンドル・ミラーの中で、後ろを走る黒いバンが車間距離を詰めて来るのが見えた。
ダースベーダーの様なフロントマスクで、先輩ライダー達の言う「頭の悪いドライバー」が好んで乗るタイプのSUVである。
ダースベーターはヘッドライトをパッシングしはじめた。
煽り運転である。触らぬ神に祟りなし、俺は混んでいる左車線になんとか滑り込んだ。
黒いバンは俺を追い抜いていくが、その前の車の直後でまたブレーキを踏んでいる。
他にも、車を尻目にすり抜けていくバイクに対する悔しさを爆発させてくる煽り運転も多い。
ライダーはいつも煽りの対象になるのだ。
「なんとかなりませんかねえ、あの馬鹿ドライバーたち」と俺。
ここは契約先のバイク便業者、Sロードのライダー控室だ。
俺を含めて三人のライダーがジョブのミッションを待っていた。
「僕たちのカーゴボックス、ステッカー許可されてるじゃないですか。何か貼りましょうかね」と大曽根君が言った。
彼は最近来たばかりの受託ライダーで、PCゲームのテスターという仕事との兼業だった。
「何を貼るの?」と山村さんが聞いた。彼は最年長で、事務所からは隊長と呼ばれていた。外資系の会社で、年下の女性上司にパワハラにあってうつになり退職したという経歴で、本人は「俺のうつの原因はいくつも重なってて、麻雀で言えば役満みたいなもんだ」と笑っていた。
「矢沢永吉さんのロゴとかどうでしょう。あのE・YAZAWAってやつ。ヤンキーっぽくって、ケンカ売ったら怖いぞ的な」と大曽根君。
「今だと、それ高齢者にしか通じませんよ」と俺が言うと、
「高齢者、意外と煽ってくる馬鹿多いけどね」と山村さんが苦笑混じりに言った。
「じゃあ、これどうでしょう、赤ん坊が乗っています、のステッカー」
大曽根君は懲りない。
「それ、ボックスの中に誘拐した赤ん坊積んでるみたいじゃん、ホラーっぽいよね」と俺。
「やっぱり、ドライブレコーダーで録画中です、かな」と山村隊長。
「いいですね、それ!」と大曽根君が言ったが、すぐに、
「ドラレコ買うお金があったら、こんな仕事してないですよ」としょげた。
「まあ、腹を立てずに安全運転だよ。スピード・セキュリティ・セイフティ」と山村。
「それ、Sロードのスローガンですやん」と全員で大爆笑した。
同時に全員の業務端末が、ピロリンっと鳴った。
「お、来たな商売繁盛!」と山村が言いながら端末を見た。
俺も大曽根君も端末をのぞき込む。
「お、知多半島、ロング来た!」
「いつもの定期便ですな」
「や、メディカル配送の予約や。スーツをクリーニングに取りにいかんと」などと呟いている。
ヘルメットとグローブを付けて駐輪場に出た。
大曽根君のヤマハSR400、山村隊長のカワサキ・ニンジャ250、俺のヤマハ・マジェスティが停まっている。
みんな個性的だ。その個性が強すぎて普通の職場から追われたはぐれ者たちだった。
どのマシンにもリアシートの場所に二重施錠ができる水色のカーゴボックスがタイバンドで固定されている。Sロードのマークが大きくプリントされているが、それ以外は無地だ。
俺のボックスには、Bz、ボン・ジョビイとかのバンドのロゴが、大曽根君のボックスにはFFとかWIZとかのゲームのロゴシールが貼ってある。
「隊長まじめだなあ。シール全然ないし」と大曽根君。
隊長の箱には、その手のシールが一切貼ってなかった。しかも、通常は誰も書かないライダー名までローマ字で丁寧に書いてあるではないか。
「俺の仕事はいつも真剣だから」と隊長。
俺はその「私が運んでいます」というネームプレートに書かれたローマ字の名前を拾い始めて、思わず吹き出した。
そこには「チャック・ノリス」と書かれていたのだ。
隊長はニヤリと笑って、
「これが俺の煽り防止だよ」と言った。
「チャック・ノリスは煽られない、前から煽っているのだ、か」と俺。
「新しいチャック・ノリス・ファクトやん」と大曾根君が笑った。
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