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M-1グランプリ2022 決勝戦の感想

すっかり先週の出来事になってしまったが、一応振り返っておこう。私の三連単予想は 1位:男性ブランコ 2位:ウエストランド 3位:キュウ という、独自の発想とシステムを評価するものだった。結果だけ見ればハズレというほかないだろう。
当日の流れとしては、一番手のカベポスターから五番手のさや香までに比較的正統派な漫才が集中しており、四番手のロングコートダディも少し違った角度で会場を大いに盛り上げていた。また、この五番手まではカベポスターを除いて全員が決勝経験者であり、M-1という舞台でも安定したパフォーマンスを発揮していたように思う(オズワルドはネタのせいか敗者復活戦から上がってきたせいか、序盤にペースをつかみ損ねていたが)。この結果として、決勝戦の前半でスタンダードな漫才が評価される空気ができ上がっており、中でも極めて達者なしゃべくり漫才を披露したさや香が高得点をたたき出すことになった。
その直後に登場した男性ブランコは、会場の暖かさもあって独特なネタのわりにしっかりウケてはいたものの、やはり笑いのポイントの少なさを指摘されることになってしまう。そしてダイヤモンドやキュウは、ネタの序盤で客席を自分たちのシステムに引き入れるところがうまくいかず、その後も単一のシステムで成り立っている漫才ゆえに、盛り返すことなく下位に沈んでしまった。これは発想とシステムの漫才がまだ十分にM-1決勝という舞台に適応できていなかったということだろう。
そんな空気の中でも前述の男性ブランコと、最もリアリティのないネタを披露したヨネダ2000がしっかりウケをとっていたのは、システム漫才の可能性を感じさせる光明といえそうだ。かまいたちも指摘していたとおり、この二組は自分たちの独自のシステムと会場をうまく接着させていた。ヨネダ2000は愛が序盤「巻き込まれる」立場でラフにツッコミを入れることで、コントの世界にお客さんを引き入れる役割を果たしていた。それに対してキュウやダイヤモンドのネタは「作品」感を強く感じさせてしまい、決勝の会場ではお客さんにハマらなかった、というのは大きなポイントだろう。
こうして振り返ると、後半に登場した漫才師たちのシステム型の漫才は、比較的新しいタイプゆえに、まだまだ進化の余地があるようにも思われる。しっかりウケたにも関わらず6位に終わったヨネダ2000が今後、自分たちのスタイルを崩さずに優勝できるようなネタを作れるのか。あるいは、キュウのように「作品」感があること自体が個性にもなっているコンビが、M-1決勝という舞台でもお客さんを巻き込める時が来るのか。彼らの今後の取り組みがきっとM-1という舞台での漫才をさらに進化させてくれることだろう。
 
ところで、私の事前予想で唯一当たっていたのは、ウエストランドの活躍である。彼らはもともと井口の過剰なまでの「ツッコミとしてのうまさ」を活かし、世の中の一見キラキラしたものに対して、あくまで僻みながら怪しいところをツッコんでいく……というスタイルの漫才をしていたが、今年は予選のネタから一貫して井口の悪口を引き出すための形式を整えており、舞台を見ていてもっとこの悪口を聞きたい……と思わせるような漫才を仕上げていた。その結果、決勝でも10番手ながら十分なウケを獲得し、2年前の「もっと刺してほしかった」という宿題にも答えられるほどのドラマを生み出した。
ここまでは予想通りなのだが、自分がウエストランドを事前予想で2位としていたのは、結局彼らのスタイルがある種傍流にすぎないと思っていたためである。今年の最終決戦のようにいわゆる正統派の漫才と比べられた場合や、あるいは若手のフレッシュなアイデアを軸にした漫才と並んだ時に、M-1らしくないという理由で票が入りにくいのではないかと思ったのだ。実際に最終決戦で3組のネタが終わったときも、私はウエストランドもよかったけれどみんなさや香に入れるんだろうなと思っていた。だが、1stラウンドで3位に滑り込んだときのコメントからもわかるように、審査員は彼らのネタを“ぼやき漫才”の最新型として位置づけ評価していたし、最終決戦でも今日の主役を選ぶならウエストランドだと考えて票を投じていた。こうした評価はまさに私の考えの及ばなかったところだし、あの審査員たちの存在意義を感じたところでもあった。
では、なぜウエストランドが最終決戦で今日の主役となることができたのだろうか。もちろん1stラウンドから2連続でネタをやったのが結果的に功を奏したというのはあるだろう。あるいは上述の通り漫才の歴史に照らしての評価だったのかもしれないし、単純に現場でのウケの量に差があったのかもしれない。ナイツ塙は、さや香が序盤に緊張を感じさせて出足が重かったため、比較してウエストランドに票を投じたということを言っていた。そんな中で私が感じたのは、ウエストランドが一番「キャラが立っていて」「みんながマネしたくなる」芸をやっていたということだ。
他の二組はどうか。ロングコートダディだって兎の独特のウザさを活かしてはいたものの、彼らはネタごとに設定を大きく変えるため、演者のキャラよりもアイデアの方が前面に出る形となる。さや香もまた、かつてのチュートリアル徳井を思わせる狂気の暴走こそあるが、二人とも初見ではとっつきにくいイケメンだし、わかりやすいキャラを持っているわけでもない。そんな中でウエストランドは、さえない小男が的確な悪口を吠えまくり、それをボーッとした大男が受け流すという、キャラクターあってのネタのスタイルが確立していた。こうしたわかりやすいキャラクターは、ネタの細かい部分を別にしても印象に残るし、番組が終わった後も井口のスタイルで悪口を言ってみたくなる。かつて粗品のツッコミの言い方や、ミルクボーイのネタの定型句をみんなが真似したくなったのと同じようにだ。そんなキャラ立ちで最終決戦の票が決まるのかと言われると自信はないが、その日の主役を選ぶ際にウエストランドの名前が挙がった潜在的な原因にはなったのではないかと考えている。
なんにせよ、ウエストランドは今年優勝するべくして優勝したコンビなのは間違いない。彼らは優勝しても相変わらず良い意味でナメられるキャラを持っていそうなので、今後もひねくれた人間ならではの活躍をしてもらえると個人的には嬉しい。
 
なお、ウエストランドのネタが悪口を並べているようにしか思えなかったという人には、ああいう芸も世の中にはあるのだということを学んで、これからもいろんなお笑いを見てもらえたら良いと思う。また、彼らの優勝を機に「誰も傷つけない笑い」という言葉を使ってそれっぽいことを言っている人もいるが、「誰も傷つけない笑い」という表現自体がそもそも具体的な内容を伴わないバズワードなので、それを軸にした議論はすべて無意味だと考えている。

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