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俳句「”いま”はいない」

花なすび母は亡き人ばかり呼ぶ

 母は以前ほど誰かを呼ぶことはなくなった。以前は、たとえば眠っていて目を覚ますと傍に誰もいないとき、手や足が痛むとき、あるいはふいに、誰かを呼ぶことがしばしばあった。たいていは「おとちゃん」と父を呼び、返事がないと「ねえ」と姉を呼び、「洋子」と妹を呼び、「お父さん」「お母さん」と祖父母を呼ぶ。みんなあの世で暮らす人ばかりである。

 以前はそのたびに父や祖父母がもう亡くなっていることを話していたが、最近はここに来ていないことや何処かに出かけていることにしている。そのほうが母がさみしい思いをしなくてよいと思ってのことだが、父に関しては自分がそう思いたいのかも知れない。

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