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鼠穴/pantomime

鼠穴/pantomime

lyric by.母野宮子
track by.オガワコウイチ

これは言葉のパントマイム 元からそこにはなんもない
握ってるように見えるナイフ 失うものもなんもない
空気椅子を足場にしてロープ引っ掛ける釘を打て
輪っかにして 首通して 落下をして
「死のう」

さあ どうしよう
再起動しよう
パントマイムで首を吊る
最近どうしようもなくもがく
悪い夢ばかりを観る

夢を観るには枕が要る
夢を喰うため獏が参る
噺をするには枕が要る
悪い夢には悪魔が居る

前口上のマイクロフォン 空気枕と空気布団
群像劇の端っこの方 切り取るように写真を撮ろう
アクションまたはライツ カメラ フォーカスされたら「アイツ誰だ?」
主人公はいつだって冴えない 愚民と呼ばれても仕方ない
親に行かせてもらった大学 今でもバイトで働いてる
東京、一人暮らしのアパート 清志郎が歌うスロウバラード
音楽でメシを食いたい 努力はまるで滑り台
口だけは達者 目指したのはラッパー 人生の段差 実家へのアンサー
親父は田舎で会社経営 長男は後継者にならないといけねぇ
そんな将来 生涯をかけた商売 金庫には錠前 どうする? 兄弟?
俺は無理だ無理 ネクタイを締める毎日なんて性に合わない
弟の選択はこうだった

弟が親父の会社を継いでさ 色んな大人にビールを注いでさ
俺には見えない世界紡いでた こっちは東京で俯いてた
昔から俺ばかり勝手気儘 田舎から東京にやってきたが
ライブだったりMCバトルだったり視力が落ちるまで地を這ってきたが
弟はいつだって現実を見ていた 俺はDJみたく夢の続きを繋いでた
弟は頭が悪い代わりに真面目 俺は捻くれ 人生 投げてる匙で
火事で家計が火の車にて 掛けてない保険はされど掛け捨て
滑り台の階段を弟は登る 滑り台の快感を俺は覚える
それでも弟はしてくれた応援 実家に飾ってくれてた音源
安い給料 軽い夢遊病 食えない未来も手の中では空虚
いつかは一発当てて大儲けなんて生活は変わらずボロボロで
すっぱり夢なんて諦めりゃ良かった 夢になりゃいいのにって酒ばかり飲んでた

夢になるといけねぇ!って思えない現実 むしろ夢であって欲しいこの偏頭痛
偏屈な俺に家族は優しく ラップで稼ぐ小銭を大袈裟に話す
新卒採用を逃してしんどくなっても後戻りできず自信なくなっても
安いバイト 週末のライブ 割りに合わない そこに出口は無い
元々商売人の家系だがその才能は弟だけにあった
親父の会社を軌道に乗せてる 俺は真っ当と呼べる道を逸れてる


十年後 結婚して子どもだって授かった だけど俺は根っからのカスだった
相変わらず夢を観てリリックを書き溜め 家族よりもライブを優先し涙目
掃き溜めの中に隠した諦め グリーストラップみたいな明日へ走らせる
最近じゃ高校生のラッパーが売れてる クソみたいなMCバトルに駆り出される
ベテラン代表で大会に出るも若いやつ相手に手も足も出んの
控え室じゃ誰も挨拶をしてこない 同世代はどうせいない 筋すらも通せない
「おっさんラッパーは家族に感謝しすぎっしょ?」二言目には「カンナビス?」きっしょ
バトルで言われたディスが突き刺さる 言い返そうにも先攻で次はなく
舌の根は乾く 下を見て笑う 今ではそんな余裕すらもなく
この日を境に生まれ変わろう いい加減俺は家族を守ろう
三十路過ぎて初めての正規雇用 年下の上司が正義を問う
時々聞こえる自分の影口 それはまるで職場全体の捌け口

必要悪でも実働時間を金に替えるため質問しよう
新しい仕事をひたすら覚えて 使える人間だって信用を買おう
生活はまるで錆びた歯車 潤滑油になれない人間を笑うな
仕事を辞めたい 心が死んでた
嘘みたいなタイミングで会社が潰れた

妻が病気にかかって入院した 三歳の娘が「ママ!」って繰り返した
もうダメだ 俺の人生は終わってしまった 失業保険は全て入院費に消えた
プライドを捨て俺は夜行バスに乗った 最後の一万円で往復のチケットを買った
故郷の弟に頭を下げよう これまでの好き勝手を全て詫びよう
これはエピローグ 弟の根城 大きくなった会社 実家にたじろぐ
「兄貴、久しぶりどうしたんだよ、髭なんか生やして」そんな会話を最初に交わして
「率直に言う。金を貸して欲しい。仕事を失って妻だって病気、なあ、頼む。
一ヶ月だけでも乗り切れれば、娘だってもうすぐ四歳になる」
「兄貴」その声色は親父に似ていた 生き写しみたいな威圧感に身が詰まる
「兄貴、顔を上げてくれ、金なら貸すよ。返すのは全然いつでもいい!」
弟はそう言って茶封筒を置いた 中身なんて確かめず「ありがとう」と吐いた
夜行バスでようやく精神が座ったが 茶封筒の中身はたった一枚の千円札だった!

俺はキレた おそらく人生で初めてキレた
千円っぽっちで俺にどうしろと? 青虫を見下す紋白蝶?
公私混同 絶対手に入れる大仕事
築四十年の集合住宅から週五で就活を始め中途採用を目指す
面接の帰り道は駅前で路上ライブ いつかに千円を突き返す五分の兄弟分
仕事は決まらずに気晴らしで路上ライブ キャップの中に入った小銭で繋ぐライフ
世の中に対するヘイトを吐いてた 差別用語混じりに迷路を歩いてた
そんな様子を面白がって動画撮る奴ら ネットに上げられてまたそれを観ている奴ら
いつかのあの高校生ラッパーもリツイートしてた 不特定多数の文字にディスりもされた

鼠穴から入り込んだ火事のようにそれは炎上して天井まで火が昇って消えない
火傷の痛みも気にする暇も無いもんで「世の中を斬ってくれ!」と仕事が舞い込んで
ゲリラライブには何百人が集まり あの日の絶望は奈落に置き去り
YouTubeチャンネルは常に急上昇 妻の病気も良くなり 娘は小学生よ

そんな俺にはアンチも多かったが口の悪さのお陰で儲かったんだ
差別用語のリスク 殺人予告
俺は曲を書く覚悟決めたドクロマーク
危ないキャラがテレビでウケて決まるレギュラー 目で見て売れてく
タンス貯金が分厚くなってく 来年娘はもう中学生

借金だけのバックインザデイ 返し終わって涙目
だけど最後の千円 これだけ残って「返しに行くぜ」って
約十年ぶりに弟に連絡 俺の執念を込めた一言の電話
今度はシワのない服を着て
夜行バスじゃなく飛行機で
家族は置いて一人で
サシで話そうって日を決める


風の強い日だった 戸締りに気をつけろと妻に念を押した
弟よ これがあの日借りた千円 十年の利息を足して十万円
「兄貴、ありがとう、嬉しいよ。今度は百万だろうが五百万だろうが貸すよ」
茶封筒を仕舞い込んで弟は笑った 「娘が大学受かったらな」俺も笑った
「ぶっちゃけ兄貴はズルイって思ってた。東京に出て音楽とか古いって思ってた」
初めて聞いた弟の愚痴は何故か良かった聞き心地が
「今日は兄貴ウチに泊まっていけ、朝まで酒飲んで、ごまんと食え」
「いや、今日は金を返しに、」「そんなことはわかってる、だけど今日だけは兄弟で水入らず」

久々の酒だった ヤケじゃない酒だった 避けて通れない懺悔だった
「あの時の千円は心苦しかった。でも兄貴が此処に来るしかなくなるのは嫌だったんだ」
ああ、その通りだ 俺は心が弱かった あの千円で目が覚めたんだ
腕時計を見るともう飛行機の時間「わりぃ、また来るから今日のとこは御暇」
「待てよ、兄貴。今日は泊まっていけ」「家族が心配なんだよ、わかってくれ」

「ネット上でアンチが嫌がらせすんだ。そのうち家に火点けられそうで怖ぇんだ」
「兄貴は有名人だからその気持ちもわかる。だけどこの夜だけは譲れないな。
大丈夫、兄貴の身の回りに何かあったら、俺が死ぬまで面倒を見るから」
結局 俺らは朝まで飲み明かした 座布団を枕に同じ天井を見渡した
よし帰ったら引っ越そう セキュリティ完備のマンションを買うぞ
遂に終の住処を思う 弟の横でうとうとしながらさ
ガキの頃の思い出を羊にして気付いたら俺は落ちるように眠っていた


「おい、兄貴、起きろ、大変だ、ニュースを見てくれ」
目をこすりながらテレビを観る ウチのボロアパートが燃えてる?
俺の名前がテロップに出てた 何度も携帯電話を鳴らした
放火の可能性が高い? 誰かわからない焼死体?
それは俺じゃない

俺が殺されたとマスコミが騒ぐ
ネットが荒れる
脳裏をよぎった殺人予告
鼠穴から炎上する
「お前が泊まれって言ったからこうなったんだ!」
「兄貴、俺のせいでこうなったって言うのか?」
「どうすんだよ、これ、家も家族も、金も、お前、面倒見るって言ったよな?
みんな火事で死んじまったかもしんねぇんだぞ!」
「ああ言ったさ、でもそれは酒飲んで言った言葉だ、それは言葉じゃねぇ」
「鬼! 人でなし! お前それでも俺の弟か! いいや、違う!人の姿をした悪魔だ!」

悪魔だ!


これは言葉のパントマイム 元からそこにはなんもない
握ってるように見えるナイフ 失うものもなんもない
空気椅子を足場にしてロープ引っ掛ける釘を打て
輪っかにして 首通して 落下をして
「死のう」

さあ どうしよう
再起動しよう
パントマイムで首を吊る
最近どうしようもなくもがく
悪い夢ばかりを観る

「おい、兄貴! 起きろ、どうしたんだよ? もう昼だ。ずっとうなされて、すげぇ汗だ」
「あっ、あっ! 鬼だ! 人でなしだ! 人の姿をした悪魔だ!」
「何言ってんだ? 兄貴」
弟の顔を見て我に返る
「どうやら恐ろしい夢を観ていたらしい」
「どんな夢? マンションが火事? 放火? 家族が焼死体? とりあえず奥さんに連絡してみなよ」

妻からは普通にメールの返信
肩の力が抜けてく全身
元気そうだ 何の変哲も無い日常だ
ああ良かった 夢で良かった
本当に良かった 涙が溢れた

「なあ、兄貴、きっと疲れてんだ。だからそんな夢を観るのさ。
ゆっくり休んでいきなよ。なんなら二度寝でも三度寝でもすればいい」
「やめておく、枕が変わると夢が悪くなる」
「じゃあ、眠れないなら迎え酒でもするか?」
「冗談言うな、また夢になってたまるか」
「そうだな、酒はもうこの辺にしておこう。『夢は五臓六腑の疲れ』って言うからね」

「ああ、間違いない。胃袋に鼠穴が空きそうだ」


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