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虚無の歌

丸の内線で新宿三丁目目に向かっている車内で、ルイスレザーの革ジャンを着た男性がぼくの前に座った。その二駅くらいあとに、高島屋の袋を抱えた革ジャンを着た男性が乗ってきて、たまたま空いていたルイスレザーの革ジャンの男性の隣に座った。革ジャンが揃った、と思った。2人共、大切に手入れをしているのか、買ったばかりなのか、ぼくの偏見ではあるが、まだおろしたてといった感じだった。秋になってやっぱり着たくなるよねえ、と、ぼくも先月保護した古着のバーシティジャケットを今日はじめて着て外出した日だったので、マジで勝手に、革ジャン2人に共感してしまった。早く着たくてしかたないよな、今日はもってこいの気候だよな、と。
20歳の春、二浪してやっとこさ受かった大学入学試験のじぶんへのお祝いに、上野にショットのライダースを買いに行ったことを思い出した。いまは実家に保管されていて、10年以上袖を通していない。体型が変わってしまったので着られないと思うけど。

10月に突入したかと思ったら、あっという間に10月が終わってしまう。そしてもう11月。もういくつ寝るとお正月…数えてみたらあと62回寝ると2022年が閉幕して2023年が幕開けするみたいだ。

期間が空きすぎてしまって日記のていをまるでなしていないのだが、休日はレコードを買いに行ったり、服を買いに行ったり、飲みに行ったりと相変わらずだ。
先週、自転車で芦花公園に行ったときに、近くに世田谷文学館があることを知って15年振りくらいに足を運んだ。高校を卒業してゴリゴリの浪人時代の秋頃、宮沢和史回顧展という展示会があって訪れたとき以来だ。今回は萩原朔太郎展が催されていた。

10代の頃に『月に吠える』を図書館で読んだことがある程度の認識と距離感だ。ほぼなにも知らないに等しい。どういった人生を送ったのかとか今回の展示ではじめて知ったことばかりだった。けっこう文字量の多い展示だったので、中盤以降腰が痛くなったりして集中力がなくなっていたのだれども、展示の最後の方に「虚無の歌」という詩が壁にデカデカとあって、勿論この詩もはじめて読んだのだけれども、まあこの詩が刺さった。3回くらい繰り返し読んだ。特に、最後の一節がたまらなくよかった。
あと、物販で今回の展示のグッズでメモ帳があり、萩原朔太郎の詩が何篇かと、ブランクになっているページがあり、あなたも思いついたことを書いてあわよくば詩を書こう、みたいなメモ帳なのだけれども、その最後に町田康と最果タヒの寄稿文があって、それがとてもよかった。500円と安価なので、記念に買ってみるといいかもしれない。寄稿文を読むだけでも価値ありだと思う。あわよくば詩を書こう。
それと、受付でもらえるご自由にどうぞの、展示案内みたいなやつも、それだけでもなかなかおもしろいので、面倒くさがらずに受付のお姉さんから受け取った方がいい。
来年の2月までやっているみたいなので、サイクリングがてら、はたまた電車で乗り継いで、天気のよい日に散歩しながら世田谷文学館に行くのもよいのでは。

腰が痛い。

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