幸福追求権と生存権をいかに保証するか
支援には実際的支援、心理的支援、情報的支援があり、支援者は当事者の自立と対話の継続を意識して関わることが重要です。まずこれらの支援の土台となることが多い実際的な支援についてはどのように考え、実践すればよいのでしょうか?
外来診療では抜け落ちがちな実際的支援の発想
外来での診療などではカウンセリングなどの心理的支援、あるいは情報的支援ばかりの話になり、ケースには実際的な支援が必要かもという発想が抜け落ちているのではないかと思うことがあります。もっともヘルパーなど実際的支援に関わっている支援者は情報的支援や心理的支援を意識する必要がありますが。
受容と共感、あるいは情報提供があっても、貧困だったり、障害があったり、正論を言われても余裕がなければ実行できません。そこが見えないままでの支えと援助がない正論は時に当事者を傷つけてしまうでしょう。
実際的な支援とは、生きていくために必要なこと、幸福を追求するためにやりたいことがあっても、実際に自分では動けず出来ない時に必要な支援です。
貧困や身体疾患や身体障害、それから、うつ状態で動けないときなどには特に必要になりますし、知的障害や発達障害でも社会の中で生きていくために必要なことを遂行するには力が足りない部分を補う必要があることもあります。
日本国憲法第13条
“すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。”
とあります。幸福の形は様々ですが、それぞれの人にはそれぞれの幸福を追求していく権利があり、そのバックアップは国がしますよということです。
「できないことを支援する」ではなく「やりたいことを支援する」の視点も大切です。
そしてその土台になるのが生存権です。
日本国憲法第25条
”すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。
国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。”
マズローのいう生理的欲求、安全欲求、そして社会的欲求の一部を満たす実際的な支援です。
開発論などいうベーシック・ヒューマン・ニーズの考え方ですね。
身体の病気で治療が必要、あるいはエネルギーが切れていて、動けず、死にたい気持ちが消えない。とにかく休みたい、ほおっておいてほしいという時期もあります。
うつ状態で全てを投げ出して休むのが必要な場合もあります。そういときは守られた環境で良質な休養が取れる環境の保証こそが必要な支援です。そのためには社会的責務、本人が抱えているものから免責が必要でしょう。
良質な休養が自宅などで取れない場合は、入院が必要なこともあります。
退院して地域で生活できるようになっても、生活保護や障害年金などの生活保障、ハウジングファーストの居住支援、ホームヘルパーなどの居宅支援、アクセスの保証でもある移動支援などが必要な場合もあります。
そして、その土台の上に憲法27条で規定された勤労の義務と権利へとつながってくるでしょう。
どのように実際的支援を行っていくか?
市場経済の中では自分ができるところ得意なところで稼いで、出来ないところ苦手なところは必要なサービスを市場からお金をはらって調達することもできます。
ただ、なかなか必要な支援が市場サービスからは入手しにくいものもありますし、自分の持てる能力を最大限利用しても市場経済の価値のなではなかなか稼げない人もいます。
そういった部分に関しては支え合うこと、そのために私たちがお金をだしあって、ルールをきめて維持管理している行政や福祉で支援することが必要です。しかし日本の福祉は申請主義であり、自らが制度を探し出し、求めていかない限り行政の方からプッシュ型ではなかなか届けてはくれません。
専門職としてはケースワーカーが支援をしてくれますが、学校教育においてもこういった権利行使のための教育がつくづく足りないと思います。
またフォーマルな支援のみでは、かゆいところに手がとどかないことも多く、さまざまな隙間ができてしまうのが現実です。
NPOなどと行政との協働、地域共生型がうたわれ地域の中での共助で助け合うということが推進されています。行政は様々な福祉の活動をNPOなどに委託したり、福祉サービス事業として許認可したり、その活動に対して支給決定し給付をおこなったりします。
現状の福祉サービスのメニュにない、あるいは縦割りでうまくはまらないけれども地域に必要なニーズに対するインフォーマルな個人やNPOなどの活動が行政の隙間を埋めていることも多いのです。行政はそういった民間団体を支え、民間団体は行政と協働していく事が求められます。
支援を必要な場所に届けるアウトリーチが必要
当事者にとって医療機関の診察室や行政機関などは普段の生活の場とは違うアウェイの場所だったりもします。そこに出向くだけの余裕がなかったり、身体や精神の疾患のためにハードルが高かったりもします。
またアセスメントや環境調整などにおいては、本人がいる場所、活動する場所でおこなうことが合理的なものも多いです。これらの場合には支援者が当事者のもとに出向く出前、アウトリーチ(出前)が必要となります。
自宅や普段の生活の場所に支援を届ける訪問診療や、ヘルパーや訪問看護、訪問リハビリなどの居宅系のサービスは、まさにそういったニーズに応える支援です。
医療では出来ることも多く、保険診療が可能であり、今のところ縛りも支給決定が必要な福祉ほどはきつくはないです。
発達障がい診療においても、アウトリーチにおいては自宅への訪問診療、訪問看護(精神科訪問看護)などで、アセスメントやつなぎの役割などの隙間のニーズに応えていくことも出来るかもしれません。
ただ、診察室、あるいは必要性がある場合のみ在宅のみで学校や職場などの日中活動の場への訪問に関しては、保険診療は算定できないのですが。
行政、教育や福祉の体制がととのってきた地域、またはケースでは医療の役割はお薬の処方や診断書の作成に後退していくでしょう。
(つづく)
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