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写真と共に時を重ねる幸せ。

まったく私の話なのだけれど、先日ポートレートを始めた頃からの知り合いのカメラマンさんに写真を撮ってもらう機会があった。

そして、これは自分の胸に秘めていたのだけれど、私が写真への道に踏み入る確実きっかけともなった一人でもある。

そんな重要な人と撮影を重ねた回数は、意外なことにこれで三回目だ。たった三回目。

ポートレートをやっている人からしたらこれくらいはよくある普通の話なのかもしれないけれど、一般の人からしたらきっと、たった三回ということに首をかしげることだろう。

だけど私は、振り返れば人生の分岐点ともなった当時の写真を振り返る度に、あの日に肌で感じた冬特有の透明な空気の匂いさえ鮮明に蘇るのだ。

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そのカメラマンさんとはじめて撮影した日は青空が目に沁みるような清々しい、丁度2017年の終わり頃だった。

「よっしゃ。」

まるでシャッターを切るまで息を止めているかのように集中してシャッターを切る彼は、一枚を収める度に口元で小さくそう呟いていた。

ただの癖なのかもしれない。

だけど私は、それが何だか、くすぐったいようにおもしろくて、微笑ましかったのでわざと口に出さずに

「よっしゃ。」

と聞こえる度にくすくす笑っていた。私が笑う度に、少し不思議そうに一緒に笑ってくれる彼の笑顔はとても柔和で優しかった。

こんな大人、いるんだな。これがその時の素直な感想だった。


私が知っている大人も、概念としての大人もなんだかいつもひどく薄汚れていて、意地悪で堅く、狡賢いようなイメージだったから

大人であるはずの彼の、冬の朝日に染まった髪の明るさや、シャッターを押したあとの美しい目の輝きに、なぜだか一瞬彼の見たことも無い少年時代の姿が重なって見えたような気がした。

「もしかして、大人になったとしても見ようとすればいつだって無邪気に煌めきを見つけることができるのかも。」

大人になった瞬間全てがいっぺんに変質してしまうような気がどうしてもしてしまい、未だ先の未来に怯えていたあの頃の私にとって目の前で目を輝かせて光る大人をみて、安堵のような安心のような、そんな暖かい何かを感じた。


そして、フィルムカメラというものを教えてくれたのもまた彼だった。

「一度押したら現像するまで見えないんだよ」

そう言って渡されたカメラが、デジタルカメラさえまともに触れたことの無い私にとって全くの未知で恐ろしく、投げ出してしまいそうだった。

「間違えて撮ったらもう終わりなんですよね?」

「それが写真の醍醐味だよ。」

穏やかな笑みでそう促され、よく分からないままにファインダーから覗いたその景色は、いつもは気にもとめなかったのに、その全てに急にこのカメラを向け、残さないといけないような気に駆られるほど、新たな発見と気付けなかった静かな美しさに満ち溢れていることに気が付いた。


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あれから一度、一昨年の夏頃に撮影をしたきりだった彼に撮影をしてもらうのは本当に久々だった。

「久しぶりだね!」

待ち合わせ場所に、そう言って変わらない笑顔で笑いながら待っていた彼は茶色に染めていた印象だった髪は黒髪に短髪になっていて、なんだか前に会った時より若く見えた。

「転職してから毎日やりがいがあってさ」

「なるほどね、だから若返って見えたのかな。」

そう言うと照れたように笑う彼は、今では度々海外にまで仕事で足を伸ばすらしく、珍しい土産話をたくさんしてくれた。

「そうなんだ、へえ、いいなぁ。」

でもそうやって隣を歩く私だって、はじめての撮影と偶然ではあったのだけれど被ったおさげ頭も、リュックサックの種類だって同じはずなのにあの頃とは環境も考え方も変わっている。

「お互い、撮った写真と共に時を重ねて変化しているんだな。ちゃんと生きているんだな。」

普段、普通に生活していたら絶対に交わらなかったであろう互いの人生が、写真という手段によって交わり、人生の一瞬の煌めきを共有出来るなんて本当にかけがえのない素敵な事だと思う。


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「絶対綺麗に写ったよね。楽しかったね。また撮影しようね。」


そう言って解散する私たちは、つぎまた撮影できるなんて保証はどこにだってない。

何かの事情で撮影が出来なくなるかもしれないし、明日突然気が変わってしまうかもわからない。

だけど、そういうのも全て通して、こうして写真と共に時を重ねていけることは本当に幸せなことだ。


人生には竹の節のように、必ず節目があると学校の先生が仰っていたことがある。

もしかしたら写真と共に時を重ねる私たちは、写真で残すという行為で普通の人たちよりも遥かにたくさんの節目を、人生の一部を思い出す為の証のようなものを自ら創っているのかもしれない。


こうやって人生を振り返るきっかけをくれる、写真という手段に出会えて私は本当によかった。

「よっしゃ。」

このとっておきの宝物を見つけた少年のような無邪気な笑顔を、今度見られる時の私はどんなことを思っているのだろう。

今から少し楽しみだ。

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