特別なコーラ

　1.5L入る水色の水筒に、なみなみとコーラを入れたら、自転車のカゴに放り投げて、立ち漕ぎでちからいっぱい坂をのぼる。

　まがりくねった地下道や、陸橋を越えるたびに、カゴに水筒ががこっ、ぶっこん、とあたるから、時よりその水筒が宙を舞った。

　そんな調子で運ぶもんだから、大体はふりにふられた水筒の中でコーラもじゃっぽん、じゃっぽんと波打って炭酸はどんどん抜けていくのだけれど、小学生のわたしはそのくらいコーラが手放せなく、大好きであり、世界中のコーラファンのひとりであった。

　たとえば休みの日、公園で同級生と鬼ごっこをした。その時も休憩時にみんなが水筒でミネラルたっぷりの麦茶を飲む中、わたしは水筒で砂糖たっぷりのコーラをごくごく飲んで、水分補給したものだ。

　コーラの美味しさに魅せられたわたしは、手作りアイスキャンディー用の器にコーラを入れて冷やし固めたりもした。すると魔法が起きる。冷やし固める前よりも、コーラアイスの長さがむくむくっと長く伸びていて、その時は大変な発明をしてしまったと嬉しくなった。

　実際には、炭酸ガスも液体と一緒に固まり、ガスの分だけアイスの量が増えるという科学的に当然の結果なのだが、大好きなコーラを冷やすだけで増えるというのは、まさに錬金術のようで嬉しく、わたしはそのガスが抜けきったあまったるいコーラアイスをくる日もくる日もせっせとこしらえ、ぱくぱくたべた。家族はまずいと言った。

　また、ある年には運動会でこっそりコーラ入りの水筒を持っていった。

　小学生の時、わたしとしてはわりと真面目な方の生徒であるという自覚があった。宿題もめんどくさいと思いながらほぼ全て出していたし、マラソン大会もさぼりたいと願いながらも結局は一度もさぼれない、真面目というより小心者の性格であった。だいたいはめんどくさいのだけれど、怒られるくらいなら、めんどくさくても約束は守っておこう、というタイプなのだ。

　それなのに、学校行事はお茶か水かスポーツドリンク、という規則を繰り返し先生から伝えられたのにもかかわらず、わたしはサッカー部の男の子にまじって意図的に約束を破った。内心ヒヤヒヤと落ち着けなかった。

　水筒を開けるたびに「ぷしゅ」と鳴る音は避けようがない。そのためできるだけ音が周囲に響かないように、周囲の環境に耳を研ぎ澄ませて、今なら誰にもバレないだろうという時を見計らって、水筒の飲み口をひねり、ちいさく「ぷしゅ」と音がする水筒からがぶがぶコーラを飲んで、ついには運動会で1.5Lのコーラを飲み切るというミッションをやり遂げた時もあった。

　小学生は何かと走るので、走ってすぐの水分補給タイムでは、大事をとって飲まないという苦しい選択をすることもあった。学校でコーラが万が一吹き出したら、先生からの叱責は逃れることはできまい。

　そのため、わたしの飲むコーラといえば、自転車でゆられ、冷凍庫で固められ、真夏の運動会でたっぷり時間をかけながら飲んでいたため、かなり気のぬけたコーラとなっていた。

　もちろん開けたてバリバリしゅわしゅわのコーラが一番うまいに違いなのだが、長い距離を汗水たらしてえっとこさと持ち運んだり、頭を捻って錬金術をしたり、ドキドキしながら校則をやぶったりと必死の思いで飲むコーラは大体気の抜けたコーラであるため、あの、あまったるくて、舌にへばりついて、まったく別物になっているあのコーラもまた別枠として好きなのだ。

　しかし大人になって、どうやらこれは身体にあまり良くないらしいという情報が私の耳に入ってきた。腸内環境にどうだとか、糖分がどうだとか、そもそもその会社が環境に与える影響がどうだとか、そんなことを大人になると意識せずともTVやら、ひとづてやら、本やらで知ってしまう。

　まったく、悲しいことである。
戻れるのであれば、あの無邪気にスーパーの棚からコーラを選んでいた自分に戻りたい。

　しかし、一度知ってしまったら、もう知らなかったには戻れないのが人生というものみたいです。スーパーで見かけると「のみたいな…」と思いながらも結局カゴにいれないこともしばしばだ。

　そんなわたしも、完璧にコーラとおさらばしたわけじゃない。そんな禁欲的生活をしたくて生きているわけではない。何か特別な日に限ってはコーラをいただくことを自分に許した。

　たとえば、誕生日。クリスマス。仕事でミスした時や、久しぶりに家族に会えた時。買っていた株が上がった時や、逆におもいっきり下がった時。なんだか風邪っぽい時や、運動した日。

　とにかく特別な日には、コーラをいただくことにしている。

　そして大人になって思うのは、意外にも、特別な日が多いということだった。