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黒くてでかいリュックを背負った女

黒くてでかいリュックを背負った女は、たいてい疲れた顔をしていることに気づいたのは、かれこれ2週間ほど前のことだった。

そしてわたしはその中のひとりであった。思い返せば私自身、たいてい疲れた顔をしていたと思う。

黒くてでかいリュックは、すごく便利だ。一度使うとその他バッグを使えなくなるほどの不思議な魔力をもっている。

全てを飲み込む黒色は、少々飲み物をこぼしても受け止めてくれる寛容さがあるし、どんな服だって恐ろしく似合わないということはない。

さらに両肩に重みが分散されるから肩こりも軽減。両手もフリーになるため、傘もさせるし飲み物も飲める。

16インチの動画編集がらくらくできるハイスペックパソコン、水筒、本3冊、参考書とノート、筆記用具、充電器類、化粧ポーチ。これらを入れてもまだスペースがあるのが私のいうでかいリュックだ。実際私はリュック一つで2週間程度の旅行に出かけることも多々ある。

さらにさらに黒くてでかいリュックの魅力は止まらない。多機能リュックにはポケットがいくつもあるから、鍵や財布を探すためバックの中をごそごそとひっかき回す必要もない。スマートなのだ。

そんなわけで私は黒くてでかいリュックが大好きで、何回も買い替えながら実に高校1年生からアラサーとなる現在まで常にスタメンとして君臨している。

街中を見渡すと、私の生活範囲には黒くてでかいリュックを背負った女は、至る所にいた。それも今日は旅行のため、特別大荷物なんです、という感じでもない。毎日毎日背負っているような雰囲気がにじみ出ている。もはや身体とリュックが一体化しているようにも見えるのだ。

こんなことを書いてしまうと「わたしは毎日黒でかリュックを背負っているけど、げんきです」とたくさんの人に怒られる気がしてきた。何も好んで黒でかリュックを選んでいるわけじゃない人も確かにいるだろう。

校則や会社のルールで決まっているのかもしれないし、ちょうど使い勝手のいいマザーズバッグがその黒いでかリュックだけだったのかもしれない。もしかしたら父の形見のバッグなのかもしれない。

念のために断っておくと、何も黒でかリュックを使うのはやめた方がいい、という話をしているのではないのだ。ただ、私を含め黒でかリュックを背負った女は疲れた顔をしているという話をしている。

私はこの謎をさらに考えた。

黒でかリュックを背負っているから疲れた顔をしているのか、それとも疲れているから黒でかリュックを背負うのか。私はこの真髄にたどり着きたいとない頭をひねった。

貴重なサンプル1である私自身の胸に、手を当ててじっくり振り返ってみる。すると小さいけれど多くの制約を自分自身に課していることに気がついた。

どれも取るに足らないようなくだらない制約である。

飲み物は極力外で買わない。隙間時間は読書にあてる。簿記の参考書を1日1単元は進める。リップクリーム、絆創膏、痛み止めは無くなると著しく機嫌を損ねる可能性があるため、常備する。充電切れに備えて、バッテリーは持ち歩く。

とこんな具合である。一つ一つのことは小さいのだが、「ま、その時考えよ」「なるようになるさ」とは考えず、極力備えたい性分であった。

しっかり者というより、臆病者なのである。普段からオロオロしてばかりなので、事前にトラブルは防止したいのだ。

もしかすると疲れ顔の原因は、荷物が大きいからではなく、日々不安があるからだろうか。やるべきと課していることが増え過ぎているから疲れているのだろうか。

黒くてでかいリュックを背負っている人を街で見かけると、ついつい目で追ってしまう。そして心の中で(がんばれ、同志たちよ)とつぶやく。不安を自分自身で背負い、ずんずん前に進む彼女達は愛おしく、かっこいい。

デートにリュックくる男性のことを、「登山かよ」と揶揄したドラマを見たことがあるが登山以外にリュックを背負っても別にいいだろう。彼らのリュックの中には大抵折り畳み傘なども入っており、急な雨が降れば傘に入れてくれるかもしれない。

疲れ顔の法則を見つけて、わたしは先日トートバッグを買った。黒ではない。人気ブランドのベージュ色だ。

トートバッグにはリュックと違って、チャックがない。バッグの中身が他人に見えそうで、ヒヤヒヤしながら中身を整える。右肩にだけのしかかる、ずしりとした重み。体のバランスが崩れそうだ。本も文庫本サイズにして数冊しか持ち歩けない。あれもこれもは到底入らないため、荷物を減らすしかないようだ。

しかしなぜだろう、以前より疲れが感じなくなったのは。
あれもこれも、自分ですることを諦めたからだろうか。

正直、トートバッグはまだ使いづらい。
しかしもうしばらく使ってみようと思う。

街で見かける黒くてでかいリュックを背負った女の人が、私はどうも愛おしい。





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