強くて器用な人からは見えない世界がある
「発達障害で『ぐちゃぐちゃな私』が最高に輝く方法」 中村郁さん
中村郁さんの出版記念講演会
昨日は、中村郁さんの出版記念講演会に行ってきました。郁さんの初の著書、「発達障害で『ぐちゃぐちゃな私』が最高に輝く方法」の出版記念講演会です。私のカウンセラーの妙さんと一緒に大阪まで行ってきました。
道に迷いながらも、なんとか会場のROYAL HORSEに辿り着きました。約100名と、たくさんの人が、郁さんを応援するために来られていました。私が入っている石川塾の塾長で、とても尊敬している、時間管理の専門家の石川和男先生も来られていました。
中村郁さんは、ナレーターで声優さんでもあり、二人のとても可愛い娘さんのお母さんでもあります。ナレーターのお仕事は20年間続けておられるそうです。
そして、ASD(注意欠如・多動性障害)とASD(自閉症スペクトラム症)の当事者でもあります。ご自分のことを「ぐちゃぐちゃ人間」と呼んでおられます。
AHDとASDの当事者であり、「ぐちゃぐちゃ人間」の郁さん。お酒が大好きな郁さん。「ぐちゃぐちゃ人間」であるせいや、お酒で酔っ払っての数々の矢敗をしてきた郁さん。
でも郁さんは、とても優しくて、温かくて、可愛らしくって。そんな郁さんを愛する人たちが郁さんを応援するために集まった昨日の出版記念講演会でした。
郁さんのお人柄のように、温かくて、優しい空気に包まれていて、とても素敵な会でした。その場にいられたことが、とても幸せでした。
郁さんも同志社大学を卒業されていることと、生後すぐに祖父母の家に預けられて育つという複雑な家庭環境だったという共通点もあって、とても親しみを覚えました。
郁さんを愛する皆さんのスピーチや、ギターの生演奏や、郁さんの歌や朗読。本当に感動しました!いまも感動が続います。本当に素敵な時間でした。
帰りの阪急の中でと今朝、郁さんの著書「発達障害で『ぐちゃぐちゃな私』が最高に輝く方法」を読みました。一気に読みました。いやあ、感動!本を読んでこんなに感動したのは久しぶりです。
ADHDとASDで「ぐちゃぐちゃ人間」の当事者である郁さんの当事者ならではの今まで困ったこと、悲しかったことやそれらに対する具体的な対処法が書、とても分かりやすく書かれています。そして、郁さんの読者や社会への熱く強いメッセージも!。本当に、心に響きました。
どの言葉も心に響いたのですが、特に私の心に刺さった郁さんの言葉をピックアップして、それに対して私が感じたことを書きたいと思います。
期待しないとガッカリしない
「対人関係において『相手に期待しない』というと、なんだか失礼なことのように感じてしまうかも知れませんが、そんなことはありません。私は相手に期待しない代わり信じることにしています。」
「ただ、この『信じる』という言葉にも危うさがあります。よく『信じていたのに裏切られた』となげいている人を見かけますが、これは相手を本当に信じてはいないのです」
「信じていることは、相手のあるがままを受けとめることです」
「自分が信じると決めた人が、違和感を覚える行動を繰り返したときには、そこで『信じることをやめる』だけ。非常にシンプルな理論です」
「期待しないで信じる」
これ、私にはとても大きな課題です。私の原則は「貢献」です。私はかなりのギバーです。人に喜んでもらうのが、とても嬉しいのです。それだけならいいのですが、リアルでや、SNSでの相手の反応がかなり気になってしまいます。期待してしまうのですね。
「相手のあるがままを受けとめる」
というのもなかなか難しい。つい相手を変えようとしてしまいます。息子たちへの子育てにおいては、かなりこれがあったなあと、反省しています。
「相手が違和感を覚える行動を繰り返し続けた時には信じることをやめる」
これは、けっこうできているのではないかと思います。以前は無理に相手や、その場に合わせようとしていましたが、いまは無理をしなくなりました。「ありのままの私」を受けとめてくれる人の中に身を置けばいいと思えるようになりました。違和感を覚えたら、相手を変えようとせずに、自分から離れればいいのです。
強くて器用な人には見えない世界がある
「自分がたくさん失敗するから、失敗してしまう人の気持ちがわかります。自分がとても弱くて不器用な人間だからこそ、弱くて不器用な人の気持ちに寄り添うことができるのです。
「強くて器用な人からは見えない世界があります」
「弱さを知っている人は、本当の意味で強い人ですし、誰よりも優しい人なのです」
この言葉は、私をとても勇気づけてくれました。私自身が統合失調症という病を抱えていて、すぐ人に依存してしまうとても弱い人間だからです。
失敗もたくさんしました。長男を保育所に迎えに行って、次男を保育所に忘れてくるというあり得ない失敗もしましたし(笑)、郁さんのように物をなくすのもしょっちゅう。
運転していた頃は、しょっちゅう車をぶつけていたし、郵便屋さんをはねてしまったこともあります(軽傷で済みましたが)。
Google mapが使いこなせなくて、なかなか待ち合わせ場所に辿り着けなくてパニックになりそうになることもよくあります。
ついうっかりよけいな一言を言ってしまうという、過ちもよくしてしまいます。これは、かなり意識していて、最近は少なくなりました。
今は前向きにとらえていますが、ある価値観の人から見れば、離婚も失敗と言えば失敗かも知れません。
でも、そんな失敗をいっぱいやらかす私を、「ありのままの私」を受けとめえくれる、とても優しくて、温かい人たちに出逢うことができした。心から繋がれる人に出逢うことができました。
私が失敗もしない、完璧で強くて器用な人間だったら、今まわりにいる人たちに出逢えなかったと思います。
私自身、別れや痛み、たくさんの悲しみを経験して生きてきました。弱さを抱えて生きてきました。だからこそ、郁さんのおっしゃるように、やさしい人になれたような気がします。
私が好きな言葉、「泥の中に咲く蓮の花のように生きる」ということも郁さんは書いておられます。
弱さ
つらさ
痛み
悲しみ
そんな泥の中ででも美しく避ける蓮の花のように生きていきたいです。
郁さんの言葉です。
「鏡に映る自分が、泥だらけでもいいのです。たくさんの泥を携えて、誇りを持った生きていきましょう」
最後まで読んで下さって、ありがとうございました
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