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【書店便り5】紙か、電子か(3)Paperwhite嬢、君は軽くて賢いね

 電子本というものを読み始めてかれこれ10年以上になる。使っている端末はアマゾン社の電子書籍専用リーダー「Kindle Paperwhite」嬢だ。まずは、彼女との出会いからはじめよう。

 世の中にタブレット端末というものがデビューしたのが確か2010年ごろ、いまから10数年くらい前のことだ。すこし先行していたスマートフォンと比較すると、ディスプレイが大きいのでポケットには入らないが、文章や画像、動画を見たり、文字を入力するのにも楽で便利、というのがウリだったように憶えている。

愛用のPaperwhite嬢と万年筆

 ところで、このような機能は、もしGPSなどとうまく連携させれば、視覚や記憶に障碍のある人達にとって便利ではあるまいか、とお役所に進言する機会があった。その結果、福祉関連の助成金を頂戴することになり、この写真はその機に乗じて自分専用に選んだ機種で、爾来ずっと傍で働いてくれている。

 初代なので本でいえば初版本とでも云えるものだが、値段は忘れてしまった。確か3千円くらいだったのではあるまいか。週に一度くらいフルに充電してやれば十分、外出時にはリュックやカバンに忍ばせ、デスクの傍におき、寐床では枕頭において眠りにつく。

 まず彼女のスペックを見ておこう。
1.体量は200グラム弱、レザー製のハードカバーを着せてもわずか350グラム。じつにスリムでスマートだ。

2.表示は6インチサイズ、バックライトなしの白黒。画面の明るさはマニュアルで設定、 ウス暗い部屋では明るさを落とせば目にもやさしい。最も気に入っているのは「電子インク」と称する表示なので、目がしょぼしょぼの年寄りにはじつにフレンドリーだ。もちろん、電子書籍の最大の特徴である、フォントのサイズを選んだり、行間や余白を設定できることは云うまでもない。

3.noteの読者なら多くの方が知っているだろうが、購入した電子書籍のファイルはアカウントで指定されるクラウドに収容され、そこから端末にダウンロードする。逆も可なり、端末から削除してもクラウドに保存される仕組みだ。これらの作業はWiHi環境下で行うが、いったん端末に落とした本はオフサイトで自由に読むことができる。

4.さて本の収容能力だが、お嬢の場合、~1.5GB。現在空白領域が0.6GBある。1冊の本の容量はだいたい1MB前後だから、まだまだ収容可能。読まない本は端末から削除しておけば、それだけ空白領域を増やすことができる。(一旦買った本はクラウドに永久保存されるので(アマゾンが倒産でもすれば別だが)、当面使いそうにない本は安心して端末からは外す。)

5.電子書籍の最大の長所は検索機能にある、つまり索引機能(インデックス)のことだ。この検索機能と云うのは、むかしから理系の本や教科書では必須のもので、巻末にはかならずず索引リストがついている。しかし、文系の本、例えば小説などではそういったものがないのが普通だ。理由は、必要とする読者がいなかったからに他ならない。もし必要ならば、紙の本の最初から終わりまで1ページずつ丹念に探していくことになる。たとえば漱石の『草枕』という本で「非人情」という言葉(これは漱石が創作した重要な概念であるが)を検索するとしよう。紙の本でこの字面だけを追いかけて行くわけだが、どんなに早くても10分や20分はかかるであろう。これをお嬢は1秒もあればやってのけ、その結果は下のように表示される。

『草枕』全文を「非人情」で検索した結果

 上部水平線の下に27回ヒットしたこと、その最初の3か所を前後の数行の文とともに一覧となって現れ(写真では拡大のため最初の2つだけを表示)、それぞれが本文にページリンクしてある。この行き帰りも自由自在。
 
 かくてお嬢はスリムなだけでなく、じつに賢い、つまりスマートなのである。ここで例に出した検索なんぞ、ひと昔前、つまり10年くらい前までは、「オタクっぽい」漱石研究者以外にやるものはほとんどいなかったに違いない。良い時代になったものだ。

6.つぎに、検索をさらに進化させた「X-Ray」という機能について紹介しておこう。はじめて聞いたという方も多いいとは思うが、X線(=X-Ray=レントゲン線)を使って体や物質の中の構造を調べることができるように、本に書かれている内容を照らし出す機能のことだ。「重要な部分の抜粋」「登場人物」「トピック」「画像」などが、項目別にページリンクされたデータとして表示される。これらをうまく使えば、登場人物が多く、かなり複雑なストーリーの分析に大変便利、というわけだ。

 何年か前にノーベル文学賞を受賞なさったカズオ・イシグロ氏の『The Remains of the Day』(邦訳『日の名残り』(土屋政雄訳、早川書房))の紙の本と電子版の両方を購入した。理由は、新聞の書評か何かに書いてあった「文体」に対する高い評価の中身を自分なりに理解したかったからだ。さっそく電子版の「X-Ray」機能を使ってみた。しかし、その情報があまりにも多いこともあり、いまだに目的を達成していない。将来の宿題としてクラウドに戻したままになっている。

7.さて、辞書機能について述べておこう。例えば、陰間かげまという言葉をご存じだろうか。もし紙の本で文中でこれに出会ったら、その意味が分からなくても飛ばして先に進むか、あるいは辞書をとりだしてその意味を調べるのどちらかであろう。しかし、電子の場合、そこに指を長押しするとハイライト表示になり、つぎのようなポップアップメニュが表示される。

かげ-ま 【陰間】
江戸時代、修行中でまだ舞台に出られない少年歌舞伎俳優。また、宴席に俟って男色を売ったもの。陰子(かげこ)。陰郎(かげろう)。

デジタル大辞泉

 わがお嬢には、国語、英英、英和、和英の4つの辞書を入れてある。さらに、この辞書機能を使った単語の一覧表をまとめて表示させることもでき、「語学の学習してね」という、いささかお節介だけど気配りがうれしい。

 いま、数10冊の英書(小説や科学エッセイなど)が入っているが、例えば「word wise」という機能をonしておくと、頻度の少ない単語の下(行間)に自動的(英語で)表示させることも可能だ。ただ、原文を静かに読み進めたいのに、目障りできわめて読みずらい代物だ。

8.最後に、「send-to-kindle」という機能について記しておこう。
 筆者はこの機能をフルに活用してきた。例えばPCで作った草稿を「.epub」のファイルとして保存しておけば、PCからそのファイルをわがお嬢に送ってくれる機能のことだ。(pdfでもOKだがここで述べた多くの機能は使えない)そうすると、自分の書きかけの原稿がまるで出版された本のように表示され、これまで述べた機能はすべて使える。そこで、ハイライト表示など使ってコメントとか入れておくと、原稿を推敲する上で欠かせない便利なツールとなり、外出先のちょっとした隙間時間でもできる。

(註1:この機能については、アカウントさえ作ればすぐにでも使える。アマゾン社のHPで「端末の管理」を参照。)
(註2:電子書籍用作成用の「.epub」については、下の拙稿を参照。)

結語
 このように便利な端末ではあるが、(少なくとも)日本ではあまり普及していないのではなかろうか。そもそも、マンガは別にして、電子書籍自体どの程度読まれているのか、実態をよく知らない。また、図書館での電子書籍利用もまだまだのようだし、街から本屋が消える、なんて話も喧しい。

 近いうち、これらのことに関する記事でもまとめようかと思っている、わがお嬢にお世話になりながら。
(おしまい)


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