「ハチマキと砂時計」③再会の春の多摩川

大学1年の2月
浪人していた佐野くんから、弾んだ声で電話があった。

「合格したよ!よろしくね。教科書下さい」

まさか!!
同じ大学の同じ学部で一緒になるなんて
こういう再会ってあるんだね。

数週間後
佐野くんのうちの近くでふと思い出して
電話をしてみた。

「暇で死にそうだったよ!」
そういってすぐに自転車で佐野くんが来た。

何度か予備校に通う姿を、朝のラッシュの渋谷で見かけていた
一度だけ「頑張って」と声をかけたら、
あっ、という顔をして、そのまま
人混みで、反対方向に流されていった。

佐野くんの彼女は、
大学で新しい恋人ができたらしい。
勉強を頑張っている佐野くんを
傷つけたくないから
受験が終わってから別れを告げるという。
そういう噂が何故か、
私の耳にいち早く入ってくる。

もう別れをつげられているだろう。
わかった、今までありがとう
といって、離れるのだな 
私の時と同じ。

寂しいのに。そばにいてほしいのに。
あの娘のために頑張っていたのに。

二子玉川の高島屋の上でコーヒーを飲んで、
そのあとぶらぶら歩いて、
多摩川の土手に出た

2人で向かい合って話すのは初めてなのに
佐野くんはよく喋って笑っていた。

「高校の頃、一緒に映画とか行けばよかったね。もっといろんなことを一緒にすればよかったね」

本当に懐かしそうに、
本当にそう思っているように言う。
少しは本当に、そう思っていたのかな。

多摩川は佐野くんの庭だ
この川を毎日眺めて遊んで
走って、佐野くんは大人になった

「こうするとコウモリが寄ってくるんだ」
と言って、足元の石を拾って
真っ暗になった空の真上に投げる
子どもみたいに何度も何度も。
はしゃいでいる佐野くんが、とても切ない。
黒いパラパラした紙みたいなものが、
寄ってきて、消えていった。

このころの二子玉川は開発されていなくて
日が暮れると真っ暗だった。
ずっと野球グランドのベンチに座って話していた。
何を話していたのか、思い出せないけど、

佐野くんがそばにいてほしいと言っているみたいで、なかなか帰れなかった。

私がもっと大人だったらよかったのに。
寂しくて震えてるあなたのことを
ぎゅっと抱きしめてあげたかった。


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