将棋アマ初段の漫画家が、AIについて思うこと


この記事は「ゆる言語学ラジオ非公式 Advent Calendar 2023」8日目の記事です。

こんにちは。漫画家の八尾 匠(はちお たくみ)と申します。
とあるDiscordサーバーのAdvent Calenderという企画に参加しまして、いい機会を得たので 生業である漫画業、そして大好きな趣味である将棋に迫るAIの魔の手(笑)について思ったことを徒然書いていきます。

将棋とAIのターニングポイントは2005年だったと思っていますが、イラストとAIに関しては2022年でした。なので2005年と2022年というタイトルから始めたいと思います。


〇2005年

一般の方にはあまり知られてないかもしれないですが、将棋AIがプロ棋士を超えはじめたのでは…?と言われ出したのは2005年6月に公開されたBonanza(ボナンザ)というソフトが公開されてからです。

2005年当時、棋界最高位である竜王の渡辺明氏が「10秒将棋なら10回に1,2回はやられる」という衝撃の発言をしていました。
(補足ですが、竜王は名人と並んで「将棋界最強」の証であるタイトルとされています)

詰将棋ならともかく、早指しであろうとコンピュータ将棋ソフトにプロ棋士が負けるというのは考えにくい時代の話で「ついにここまで来たか」という感覚があったのを覚えています。

かつて戦後将棋界のヒーローであった実力制四代名人・升田幸三(ますだ こうぞう)先生は「(ソフトがプロ棋士を超えることは)永久に不可能」、と仰っていたそうですが、SF好きの自分は「いつか人間の脳の上位互換ができるのだから、その前に超えられるだろう」と思っていました。その「その前」が来たのが2005年あたりでした。(ちなみに羽生さんは、AIが棋士を超える時期を正確に言い当てていてビビります。さすがに偶然ではあると思うのですが…)

翌年2006年、BonanzaはスパコンみたいなPCが並ぶコンピュータ将棋選手権に、ノートPCに、冷却用にUSB扇風機をつけただけという環境で出場して圧倒的強さで優勝してしまいました。スペックよりもアルゴリズムが大事である証拠として、分かりやすいですね。

とはいえ、この時点ではまだBonanzaにもスキがあるし、「長時間の対局ではまだプロ棋士に分があるだろう」とは思われていました。

とはいえ翌年2007年、渡辺明竜王とBonanzaの対決が実現し、竜王はあわや負けという局面まで追い込まれるのですが……
(これ以降、実はある時期までソフト参戦も認めていた竜王戦からソフト枠が排除され、プロ棋士は許可なくソフトと公開対局してはだめ、という流れになっていきました)

そして2023年の現在、将棋ソフトがいくら強くなろうとも人間の将棋人気はむしろ増すばかりで、ソフトのおかげで形勢が可視化され観る将が増え、研究が進み、AIの魔の手によって逆に盛り上がるという様相を呈しています。

AIに負けたから人間の将棋は無価値になったと言い募る人は一部に絶えませんが、実際はどうかと言えば、たとえば人間に比べたら神のように強い棋譜がたくさん見られるFloodgateというサイトなんて、プロと好事家以外誰も知りません(笑)皆、AIより弱い藤井聡太くんの成長と活躍に夢中です。

〇2022年

翻って、漫画やイラストの世界でこのBonanzaにあたりそうなソフトはStable DiffusionMidjourneyで、この2つは2022年に公開されました(´・ω・`)
将棋でいうBonanzaショックみたいなものが絵描き界にもついに来た恰好となります。

当時のBonanzaと同様、「まだ一流の描き手ほどではない(特に漫画は)」と現時点では思われています。

特に漫画に関しては、アイデア出し程度はできても ストーリーネーム(漫画の絵コンテのようなもの)がまだ任せられない、という現状です。まだ大きなブレークスルーがひとつふたつ必要です。

ストーリーはAIでできるんじゃ?てかもうあるんじゃ?という意見をたまに聞くのですが、調べる限り存在せず、AI漫画とされてるのはネームを人力でなんとかしているものしかありません。(伏線回収やオチをつけるのが苦手らしい)

有名な手塚治虫風AI漫画とされる「ぱいどん」はほぼ人力。AI漫画に挑戦している有志も、読めるものに関してはストーリー・ネームが人力です。AI絵師で有名な852話さんの作品など、AIで全部出力している漫画もありますが ストーリーは雰囲気が伝わるくらいの作品です。もちろん2023年12月段階の話です。

現時点では、生成AIは漫画描きにとっては「画材のひとつ」という認識にとどまっています。

両方にある程度知見がある身として、なんか環境が似ている(一方で、違うところはかなり違う)と思うわけで、将棋界を見ながら将来の漫画界のAI事情を予想してみたい、というのがこの記事です。

〇AIはどれくらい漫画家を打ち倒したか?

私の得られるだけの知見の中で たくさんの同業者の話を聞く限り、2023年12月の漫画界(イラストレーター界隈ではない)の現況を言うと、「恐怖感は広がっているが、仕事を食われたという話はほぼ聞かない」というのが現状です。
むしろ人間の漫画の描き手が足りておらず、生成AI使えるなら作画が助かるわーという感じです。

イラストに関して言うと、FANZAなどではもう生成AI作品がヒットし始めており(ただしストーリーは人力)、中国では大量のイラストレーターが解雇されたという報道もあり、全体としてはイラストレーターの需要が減っている…のかもしれません。少なくとも、「生成AIのせいで需要が増えた」ということはなさそう。はっきりしたことはデータもないのでわかりませんが。

関連してアニメに関してはどうか?といえば、現役の大手スタジオのアニメーターに聞いたところでは、動画マンの役割がこなせるAIはあと1~2年で実用化されるそうです。動画マンの需要は確実に減りますね……

漫画の商業誌にもその流れは来る可能性はあります。なので、まだ「あくまで現状では」なのかもしれません。

将棋でも、2005年にBonanzaが登場してから、人類vsAIの事実上の最終戦であった2015年の「電王戦Final」が終わるまで10年を要しており、今後10年で激変することが予想されます。10年後には100%AI製の「AI漫画」がとっくに生まれてるかもしれませんね…。

〇問題は「どう売るか」だと思う

今後、100%AI製の面白い漫画が生まれることは確定してると思います。
それで、ある程度漫画家の仕事が失われるのも確定だと思います(特に広告漫画は焼け野原になると思う。異常なハイクオリティ漫画がYoutubeに流れてくるでしょう。となれば、商業誌の漫画とそれが比較されることにもなる。画力で勝負している漫画家は特につらいことになるかもしれない)

100%AI製の漫画雑誌も生まれて、内容が良ければバンバン売れて単行本も売れるかもしれない。そのころには100%AI製の映画とか出てるでしょうね。

将棋界が今でも安泰なのは、「人間はあくまで人間に興味がある」という部分でまだ人間に強固なアドバンテージがあるからです。ところが、漫画は内容で「人間」を描けてしまう。感情移入は漫画のキャラクターにしたらいいわけで、ここが将棋と違う。困ったもんです。

とはいえ、コミティアが逆に盛況するかもしれません。AIを拒否する人も多いし、人間が描いた人間の漫画が読みたい人の需要は絶対に残るだろうからです。
特に、エッセイ漫画はまだ人間に分がある。”人間が描くような(AI視点ではない)”エッセイ漫画をAIに描かせようと思ったら、まるまる全部ウソ話を描かせるか、「AIに人生を与える」しかなく、後者はコストがかかりすぎるからです(人生データを1000ギガバイト食わせたから本物のエッセイだ、は読み手には通らないでしょう。「ウソ話」と変わらない)。

「人間が人間に興味がある」というところをもう少し延長してみましょう。
作品にはよりますが、「作者のファン」という形で漫画を読む人も多数います。そこで、「AIにキャラクターを与えて「作者の人格」」を仕立て上げれば、もっと入れ込んで買ってくれる人が増えると思います。「AI原作者」と「AI作画家」だって分けて作らせたら面白いかもしれません。

紡ネン(つむぎ ねん)ちゃんというAIのVTuberがすでにいますが、あの子の進化版がたくさん出てくるのは想像に難くなく、その中に漫画家だって当然作れるだろう、ということです。
Youtubeライブでは24時間体制で無限に応答させることも可能。
コミティアにも、応答する液晶ディスプレイで参加できるかもしれません。
(アンドロイドにインストールしたAIが対応してくれるかもですね…)

僕が思いつく程度のことはもう出版社は考えているだろうと思います。
未来には、AIの漫画家VTuberが漫画界を席巻しててもおかしくはないかな、と思います。もはや問題は「売り方」であって、それが成功したら市場はかなりAIに食われると、個人的には思っています。

漫画描くの、人間にはしんどい作業ですからね………

〇希望はないのか……

ただ 以上で述べたのはあくまで技術の話で、社会全体で見た時にそれほど簡単な話なのかはまったくわかりません。

特に、今やAIに費やす電力たるや相当なものらしいと聞きます。「そんなに大量の電気を漫画に使うな」はサステナブルな社会を作るうえでかなりの説得力です。
核融合発電所が出来てもそれは同じかもしれない。電気を遠くに送るのにも大量の耐久消費財が必要だろうからです。

AIキャラクターに漫画家を演じさせるのも結構なコストがかかるはずで(放っとけばいいはずはない)、結局「人間の漫画家のほうがコスト安では?」という結論は全然、あると思います。「実際の人間がやってる」なら、色々新規に企画しなくてもすでに売れる商業モデルがあるし、ある程度放っとけばいいのですから(問題行動する作家は淘汰されそうですが…)

市場がある程度食われるのは確定としても、AIを画材として人間に使わせるが最もリーズナブルという結論になる可能性全然あるし、「藤井聡太がAI超えの手を指した!」はもはや何か神の一手みたいに騒がれますが、優秀な漫画家の100%人力の漫画には「人間なのに凄い!」という付加価値すらつく可能性があります。
ただこれもエネルギー革命的な何かが起きたら解決してしまう話ではありますが……

ものすごいつらつらと思いついたことを書いてきた記事ですが、今のところの、場末のいち漫画家としてはこんなようなことをぼんやり考えています。とはいえ、全然わかりません。10年後見たら、この記事見当はずれすぎワロタwwwwwwwwwなってなること請け合いです。軽く受け流していただけたら幸いです。

それでは、ここまで長文にお付き合いいただきありがとうございましたm(__)m



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