Negative

 月曜の朝が相当つまらない。クソみたいな職場環境で、クソみたいなやつに囲まれて仕事をするのが嫌でしょうがない。でも、月曜になってしまっているので、当日は相当な嫌気で車に乗り込む。

 正確には気分的なところで日曜日の夜、就寝前が一番億劫なんだろうとお思う。心地よい眠りの先には最悪の連勤日が待っている。
 遊んで暮らせればどんなに楽しいだろう・・・・。でも普通に考えて遊んで暮らせたりはしない。何らかの経済活動なしでは、大多数の市民は生きていけないのが現実。
 学生の頃は不登校だったり、学校組織に不信感があるほうではなかった。普通に通い、普通に友達とバカ話して笑い、どちらかというと、というレベルじゃなく、明らかにそれは楽しかったんだと思う。

 昔ながらの根性論、心頭滅却論や俗にいう「+」思考論はもはや聞き飽きた。ただ、最近こんなにも毎日が面白くないのはなぜだろうと思う。
 あまりにも楽しくなさそうにしていると、最初は心配そうに振る舞う嫁も、すぐに連鎖反応を起こし不機嫌になる性格なのは10年以上前から知っている。妙にイライラしたり、元気がなさそうにするのが苦手、というか、そういう負の面を見せるのが苦手だ。ただ、そこには少なからずの我慢とストレスが発生しているので、状況は益々悪い。
 もっと素直になれとか、心を開けとか、全てを曝け出せと言われても、実行すればその上から西海岸顔負けの高波で被せるように不満をぶちまけられることは分かりきっている。

 日本人の2人に1人が何らかの癌を発症し、3人に1人がそれが元で死亡していると聞く。これほどのストレス社会なら、タバコを吸おうと吸うまいと、近くに寄ろうと寄るまいともはや関係ないのかも知れない。
 タバコの例一つとっても、愛煙志向で儲かりたいやつと、分煙志向で儲かりたいやつ、禁煙健康志向で儲かりたいやつのドロ沼三つ巴のミリタリーバランスの中で、いいように金を吸い上げられている大衆がいるだけのつまらない世界。

 世の中や自分の生活に閉塞感や倦怠感が出てきたら、それはやっと社会人になれた証。などとふざけた理論を聞いたことがある。今思えばそういうことなのかと思いそうにもなるが、やはりつまらないのは嫌だ。
 何がこんなにつまらないのか。おそらく自分が今やっていること、仕事とかが誰かの役に立っている実感がないんだろうと思う。でも誰もが望むものをやってのけるような玉でもない。経済活動こそが命のサイクルであり、それを止めてしまうとたぶん、呼吸も止まるのだろう。

 時々「経済活動」ではなく、「生産活動」に憧れる時がある。経済発展が見込めなくなるのは容易に想像がつくが、それぞれが生産活動で暮らす世界は、どんなに平和だろうか。有価証券の概念を捨て、物々交換で生きていけたら、今よりは低ストレスな暮らしになるかもしれない、という妄想。
 ただ、4,5分考えたら無理だという答えにたどり着く。人間は個体能力が他の動物より弱いため、群れを成して生きるしかなく、高知能であるために私利私欲が働きやすい。理性が高いからこそ分け合って生きていけると教わるのはせいぜい小学生くらいまで。ただ、欲求が高いからこそここまでの高度文明を築けたことも事実。
 世界中の武器や文明の利器を破棄し、一斉に農林水産業を始めても、またすぐに元の世界に戻るだろう。中央に居座り、周りを従えてより良い暮らしをしたい奴は、もっと良い暮らしができるように自分のテリトリーを広げようとする。テリトリーとテリトリーが重なる部分は必ず争いが起こり、淘汰されるプロセスの中で必ず血が流れる。何千年も前から繰り返す人間の歴史が既に証明している。

 「なんだ、結局またここに戻ってくるのか・・・」

 そう思いながら所定の場所に車を停め、仕事のバッグを肩に掛けて職場へ歩きながらキーレスのボタンを押す。毒気の混じった溜息をかき消すように鳴る・・・・“ピピッ”
 つまらない月曜日が幕を開けましたトサ。