マーダーボット・ダイアリー

マーサ・ウェルズ著「マーダーボット・ダイアリー」。

人体ボット構成機体の自称「マーダーボット」が、人とかかわる中で自分の生き方を見つけるまでの話を描いたSF小説です。

普段は保険会社で企業の備品としての扱いを受けている主人公。その名前ですら自分でつけたもので、一人称も「弊機」であり、自身のことを人間ではなくボットに近いものとして認識しています。

身体は機械部品と人工培養された有機組織で作られており、頭部のシステムにもクローン培養された人間の脳が一部組み込まれたもの。感情を有し人に近い思考回路を持っています。

ただしボットとしての身体能力と情報処理能力は人間を上回っており、その特性を活かしつつ警備員として巨大惑星生物や敵対者から顧客を守るのが仕事です。

淡々と仕事をこなし、顧客を守り貨物船の箱の中で待機時間を過ごす日々。しかしある事件をきっかけに、マーダーボットは自身のシステムをハッキングして自由の身になりました。

ただし目的は脱走ではなく、自分自身が暴走して顧客を脅威にさらすことを防ぐこと。そのきっかけになった事件とは、自身を統制するシステムのエラーにより大量殺人を犯してしまったというものです。

人間を苦手とはしていますが、人間を守るために生まれたマーダーボットにとって罪のない人間を殺すことは意に反します。そのため二度とそんな間違いを起こさないために常に自分の意思でもって行動できるよう、人間の命令に反した場合に罰を与える管理システムをハッキングしたのでした。

そして自由を得ることの一つの利点に気づきました。
これからはメディア見放題の生活を送れるということです。

待機中、退屈な任務中、そして時には退屈な会話の合間にバックグラウンドでドラマや映画を見放題。相変わらず備品として生活する中での小さな自由ですが、マーダーボットにとっては最大の娯楽です。

そんな日常に二度目の転機が訪れたのは、とある顧客チームの警備中でした。謎の外敵からの襲撃を受けたことをきっかけに、顧客メンバーたちに管理システムはハッキング済みで自由意志で行動しているという秘密を知られてしまいます。

正直言って暴走状態にあるこの機体、信用して大丈夫なのかと人間たちに戦慄が走ります。とはいえ時には弾丸にすら身をさらして顧客を守る姿に感化され、信じることにした顧客チーム。最初は互いに心理的距離がある状態ですが、徐々にチームの一員として受け入れ始めます。そのことに戸惑いと時には恐怖心すら抱きつつ、自分を人間として扱うチームメンバーにマーダーボットも信用を置き始めます。

最終的には敵を倒したマーダーボットは顧客チームに買い取られ、一緒に顧客が住む惑星へ向かうことになるのですが、ここで初めて自分の意思で自由の身になることを選びます。

マーダーボットは一人黙って宇宙船に乗り、過去に自分のシステムエラーが原因で起きた大量殺人事件の真相を探るための旅に出たのでした。

ここまでがこの小説の上巻の半分で、残りの半分と下巻はその後のマーダーボットの旅を描いたものになっています。人工知能を有した宇宙船の友人ができたり、人間のふりをしながら仕事をしたりと事件に巻き込まれながら話は展開していきます。

個人的には一巻の前半部分ではストーリーに引き込まれ、残りの部分はマーダーボットが自由を得て世の中に興味を持ち始める様子を楽しみながら読んでいました。本筋にはあまり関係のない、初めて店を訪れて服を買う場面の描写などが印象に残っているところをみると、細かなキャラクター描写が秀逸なようです。

大人から子どもまで楽しめるカジュアルなSF、マーダーボット・ダイアリー。気になる方はぜひ手に取ってみてください。




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