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令和3年公認会計士試験体験記(4/9):企業法(2/2)

※本記事は、こちらから始まる会計士試験体験記の一部です。全体の目次はこちらで見られます。企業法の前半記事は、こちらになります。

4.企業法(承前)

4-3.使用教材など

企業法に触れるのは、大原の教材が初めてだった。学習は、基本的には予備校のカリキュラムに従っていた。教材が届いた2020年5月から講義動画を見始め、「肢別チェック」を解きながら視聴を進めた。全部見終わった夏からは「短答実力養成演習」という短答式試験向けの演習(全6回)と「肢別チェック」を繰り返し解いた。テキストも都度見返していた。ただ、暗記すべき内容が表形式等でまとめられた小冊子「ポケットコンパス」は結局使わなかった。相性の問題だと思うが、テキストより情報量が少ないのが不安だったこと、及びテキストにメモ等を集約していたので、見返す教材をテキストに絞る方が効率良いと思ったことによる。

大原では短答対策演習が6回、短答直対演習が4回、公開模試が1回あったが、演習10回の平均は82点(最低70点、最高100点)、公開模試は90点(58位)だった。

2020年9月~10月ごろから、これも予備校のスケジュールに沿って論文の勉強を始めた。具体的には、大原からもらった論証集の骨格を頭に入れていく作業だった。2020年12月ごろからは論文演習が始まり、基礎・応用・直対の各4回、全12回を全てスケジュール通りに大原の校舎で受けた。

2020年12月後半に、他予備校の演習(答練)を追加受講するかについて検討したが、結局見送った。演習数を増やしても論点の網羅性は得られないこと、答案形式面での流儀の違いで無意味に混乱する危険が高いこと、が主な理由である。あとは、その講義でしか得られないような秘儀や気づきをもたらす講師がいるかどうかだが、これもサンプル動画等を見て、そのような講師はいないと判断した。

また、ある講師のツイートを見て、他予備校や政治的話題に対する発言の「下品さ」で選択肢から外したこともある。(自身が専門性を持たない領域であっても)刺激的な表現や講師としての権威に頼って他人に影響を与えようとする様子からは、当該人物が、「自分と他者を説得する手段を、ロジックと証拠の強さに限定する」という意味での「専門家のエトス」を備えていないことが伺われる。そのような人物であるなら、自身が専門知識を持つ領域でも、議論の分かれるところで反対説等をフェアに紹介しない等、専門知識の伝達に歪みが生じるリスクが無視できない。そのようなリスクは、避けるのが合理的であると考えた。


論文演習の点数は全12回の平均が49.5点(最低25点、最高68点)。公開模試は第1回(3月)が65点(換算得点69.51、14位)、第2回(7月)が60点(換算得点64.17、31位)だった。

論文演習では、解説冊子の「解答例」に疑問のあるケースがいくつかあったと思う。詳しくは書かないが、会計監査人候補者に意見陳述権があるか(応用第3回)、合同会社社員は退社前に生じた債務について責任を負うか(応用第4回)、「支配権を獲得し…株式を高値で対象会社に買い取らせて売却益を得る」株式会社はグリーンメーラーにあたるか(直対第4回)、等が挙げられる。また論証集でも、吸収説における提訴期間の制限について触れない等、加点要素を逃していると思われる点も散見された。

ただ、前節で本試験の解答例を読み比べた印象からは、隙のない教材を出している予備校は無い、というのが実態ではないかと思う。その上での予備校間の「程度の差」については、根拠を持って論じられるだけの材料がないので言及を控える。


暗記の精度を強調する企業法上位者の体験記は知っていたのだが、記事作成者は暗記にはそんなに拘らなかった。一言一句の暗記が得意でないというのもあるし、暗記だけでは(近年の本試験に多い)非典型論点に対応できないと考えたからでもある。記事作成者の基本方針は、基本論証はざっくり暗記しつつ、気になった論点は都度深掘りし、少しずつ知っている論点を増やしていくというものだった。「ざっくり」の感覚は個人差があるので伝えにくいが、一言一句の暗記は(事業譲渡の定義等、必要なものを除いて)目標にしていなかった。


大原の論証集に大きな不満はなかったが、論点の網羅性が十分でない点は物足りなく感じていた。個人的には、2年前後(しかも限られた論点・法律のみ)の学習で、初見の論点に対して満足な論証を展開できるまで法的議論に習熟するのは不可能ではないかと思う。加えて、最高裁判例があれば(賛成でも反対でも)それを意識した立論が期待されるから、知らなければ現場で出来ることは限られる。一方で、論点を一度でも見たことがあれば、うろ覚えでも何かしら書ける(0点を回避できる)可能性は大きく上がるのではと感じている。多科目試験における受験生の負担を考えての判断かもしれないが、進捗度等による優先順位を明確にしたうえで、掲載の論証例を増やすことは検討に値するのではないかと思う。

あと、最初に配られる論証集と「論文総まとめ」の内容が大きく重なっていた点が、教材として使いづらかった。出題可能性を加味して一部論証が未掲載になっていたり法改正で論点の補足が入っていたりするのだが、既に論証集に書き込みをしているのでそちらをメインで使い続けた。総まとめの方は差分を抽出して(付箋をはさんで)利用するだけだった。配布は差分のみに減らし、代わりに追加論証例等の参考部分を厚くしてもらう方が、個人的には有難かった。

「論文総まとめ」には過去問と解答例も載っていたが、過去問を使った学習には割と時間をかけた。出題論点のヤマを張るためでは全く無く、基本論証を覚えていても適用条文の判断に迷うような良質の(解いていて楽しい)問題に触れる経験を積むためである。今年の問題では、第1問の問題1のような問題がそれにあたる。予備校の演習では「型」の習得や基本論証の定着、本試験用ヤマ張り、さらに初見論点対応慣れといった他の目的にも多くの回数を使うため、「知っていても迷う」タイプの出題は多くない。過去問には高確率でこのタイプの問題が含まれるので、学習の素材として深掘りしがいがあるし、「知っていても迷う」問題の経験値を上げるという意味で試験対策にもなる、と思う。実際、過去問の答案構成をした時に適用条文を大きく外し(令和元年の第1問問題1)、それから答案構成はヨリ慎重に行うようになった。

実際に答案は書かず、短時間で構成だけ考えて解答例と比べていた。その後、なぜ迷うのか、他の構成では何が良くないのか等について吟味していた。他予備校の解答例も可能な範囲で入手し、違う点はどちらがより適切か(どちらも妥当な場合もある)等を考える材料にしていた。他予備校と構成が大きく違う場合には、「他の予備校ではこんな書き方をしているが、大原の選択にはどのような背景があるのか」と大原に電話で質問することもあった。

良質の教材としては、司法試験の過去問も薦められる。記事作成者は時間切れもあって一年分しか使っていないが、仮に試験が3ヶ月延期されていたらもっと遡っていたかもしれない。司法試験の過去問が良いのは、事例が会計士試験よりもさらに複雑で、適用する条文や論証の方向性に自由度が高いことである。「判断に迷う」経験ができるのは勿論、論者によって扱う論点や結論が異なりうることがむしろ当然という雰囲気がある。その分、「事例をしゃぶりつくす」(事例を読み込み、扱う論点を増やしたり、細かい事実まで使ったりすることで、論証としての周到度を高めていく)ことの面白さを味わえる。これは、現在の監査業務で、関連論点を洗い出し、自分で証拠を収集しつつ調書の充実度を上げていく楽しさにも通じるところがあると思う。

また、異なる情報源からの解答例・解説を無料で得られることも、学習素材としての長所である。試験問題も公開されている(民事系科目として他の法律に関する問題と一緒になっているが、会社法・商法に係る部分だけ見ればよい)し、少なくとも直近の試験であれば複数の予備校が解答例・解説を出しているので読み比べができる。こちらも予備校間で意外と違っているので楽しい。さらに「出題の趣旨」や「採点実感」も毎年公表されているので、こちらも参考にできる。


2021年6月くらいには判例百選を買い、本試験までに一通り読んだ。上述のように、基本論証をそれなりに押さえたら「見覚えのある論点」を増やすことが学習上も試験対策上も有効であると思っていたので、その手段のひとつとして選んだものである。しかし、記事作成者の学習水準では、試験対策としてはあまり役に立たなかった。論点の所在はなんとなく分かるのだが、論証例の形では整理されていないのでお持ち帰りポイントtakeawaysを抽出しにくい。論者の見解への支持状況といった周辺情報も自力で入手しないとならず、決して無駄ではないが効率は良くなかった。

この点、より重宝したのはこちらのブログである。司法試験合格者による論証例集で、会社法のエントリもそれなりの数がある。網羅性には欠けるが、会計士受験業界ではあまり紹介されない論点も紹介しているので勉強になる。それもマイナー条文ではなく、主要な条文でも適用場面によって悩ましくなる、という類の論点が多いのが面白い。また、判例だけでなく有力説等も多く紹介している点も、自分なりの意見を持つのに役立つし、(納得しないまま判例を覚える場合に比べて)暗記の負担も減らせる効果があると思う。

とはいえブログを見つけたのは6~7月くらいであり、結局メモを取りながら2回通読した程度なのだが、前回記事で紹介した本試験答案は、このブログを基にした部分が多い。うろ覚えでも前に紹介した程度は書けたということで、令和3年の試験対策としての効果は高かったと言えると思う。

また、こちらのレジュメも参考にした。弁護士が、授業用に作成したレジュメを公開したものである。基本書は読まないという縛りで勉強していたので、学説の対立状況などはどうしても理解が甘くなるが、このレジュメはそれを多少補ってくれる。また論点と判例が筆者の私見も含むメリハリの利いた形で要領よく整理されている。こちらも1~2回は目を通した。作成からやや時間が経ったが、注意すればまだ使えると思う。


なお、知識の拡大を止めて手持ち知識の定着に切り替えたのは、割と遅い方だったのではないかと思う(データを持っているわけではなく、他の体験記や勉強法指南を読んでの印象)。短答期から継続して、気になることがある度にテキストは読み込んでいたが、テキストを読むスピードはなかなか上がらなかった。短答直前の2021年4月くらいでも、分かっていたつもりの箇所で新たな発見がある、という感じだった。演習や模試の直前に割り切って数時間で見返す、ということはやっていて、一時的には有効だと思うが、その回数を増やしても(長期的な理解の定着を高める)効果は低いのでは?と思っていた。それに、決まった範囲の暗記を繰り返すだけの勉強は、面白くない。大雑把には頭に入っていて直前の一夜漬けで記憶を活性化できる、程度の感触を得た後は、少しずつ新しい論点に触れたり理解が弱い論点を深掘りしたりすることを中心としていた(例えば、瑕疵の連鎖について一日近く時間を使うなど)。暗記態勢に切り替えたのは、論文式試験の一週間くらい前だったと思う。


最後に学習時間を振り返ると、企業法の総学習時間は704.5時間で、学習開始後の一日平均は1.5時間だった。ただ、傾向としては短答式試験後にヨリ多くの時間を割くようになっており、2021年6~8月の一日平均は1.8時間と租税法の次に多かった。ただし、各科目への勉強時間を事前に細かくは計画していなかったので、漠然と、相対的に弱そうな科目に時間を割り当てていった結果に過ぎない。


(続きます)


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