「星降る町の物語」22章 葛藤
耳をつんざくような轟音がして、アイリスは思わず伏せました。
イフェイオンが、その背中を抱きしめてかばってくれます。
リューが投げつけたものは、どうやら爆薬だったようです。
徐々に煙が晴れていきます。
白くかすんだ向こう側で、禍々しく光を放つ石が、宙に浮き上がるのが見えました。
しかし、ここには岩がありません。
さっきの爆風が、竜の材料となる岩石を広間の外へと弾き飛ばしてしまったのです。
これでは、石の竜も再生することができません。
それがリューの狙いでした。
しかし、どうしたことでしょう。リューの姿も見えません。
アイリスは不安になって、あたりを見渡しました。
「リュー、どこにいるの?」
アイリスが声を出した、そのときでした。
いつまでも石つぶてが集まってこないことに、業を煮やしたのでしょうか。
なんと、浮かんでいる黒い石の真ん中に、突然大きな目がひとつ現れたのです。
いや、これまで閉じていた目を開いたと考える方が正しいでしょう。
目が、ぎょろりとアイリスを睨みました。
その瞬間。
アイリスの脳裏に、どす黒い感情がどっと流れ込んできました。
妬み、卑怯さ、卑屈さ……憎しみや怒りよりもさらに醜い感情が、渦を巻いて頭に流れ込み、全身をどぼどぼと満たしていきます。
アイリスはがくりと膝をつきました。
「いや、やめて……!」
目を閉じ、耳をふさいでも、どす黒い負の感情はアイリスをじわりと蝕んでいきます。
「助けて、リュー、イフェイオン! 助けて、ヘスペランサ……!」
そのときでした。
どす黒く澱んだ感情の支配を切り裂くように、天井のほうから凛とした声がしました。
「イフェイオン、今だ!」
声が聞こえたと同時に、イフェイオンは地を蹴っていました。
次の瞬間には、鋭いサーベルの切っ先が、黒い石の『目』を貫いていました。
石はパキンと高い音を立ててふたつに割れると、黒い煙になって消えてしまいました。
アイリスは感情の呪縛から解き放たれ、くたんとその場に座り込みました。
まだぼんやりとかすむ目で天井を見上げると、リューが器用に天井の鍾乳石につかまって、こちらを見下ろしています。
「アイリス、大丈夫?」
イフェイオンがそばに来て、心配そうに顔をのぞき込んでいます。
「うん、平気……」
そう言いながらも、アイリスは自分の肩を抱きしめました。
まだ、震えが止まりません。
あの醜い感情は、黒い石が無理やりアイリスに押し込んだものではありません。
呼び起こされたとはいえ、あれはすべて、アイリス自身がはじめから持っている感情なのです。
アイリスには分かっていました。それが、自分の本当の姿なのだということを。
自分が『読者』としてこの世界に呼ばれ、この世界で『アイリス』という少女として生活しているときは、そんな感情とは無縁でいられました。
ですが、『現実世界』で普通の生活をしているときには、彼女は確かに醜い感情を持っていました。
誰かが妬ましい。自分に自信がない。誰かのせいにしてしまいたい――。
(私はなんて醜いんだろう。この美しい世界に、こんな人間はひどく不似合いだわ……)
できれば忘れていたかった事実でした。
けれど、一度見えてしまったものを、見なかったことにはできません。
心にこびりついてはがせない、苦い思い――涙がひとすじ、頬に流れて落ちました。
リューが天井からひらりと飛び降りました。
「アイリス、大丈夫か? どうした?」
金色の瞳が、心配そうにアイリスの顔を見つめています。
それは、暗い夜空にまたたく一等星のような金の瞳。
それは、黒く塗りつぶされたアイリスの心に、きらりと光る希望の光のように思えました。
(そうだわ、私はこの世界に呼ばれたんだ。果たすべき役目があるんだ。どんなに自分が醜くても、今は立ち止まっていられない)
右手の小指にはめた指輪も、きらりと光りました。
アイリスは、涙をぬぐって立ち上がりました。
イフェイオンが眉をしかめて、リューを睨んでいます。
「リューが心配をかけるからだよ。またアイリスを泣かせて……僕、怒るよ?」
「悪い悪い、アイツの本性を暴いてやろうと思ってさ。竜の体を再生不能にして、俺が姿を消す。そしたら、俺をしとめるためにきっと最後の手段に出ると思ったんだ」
「だったら先にそう言っておいてよ。僕だって心配したんだよ」
「それがさ、さっき思いついたんだよな。ごめん、悪かったって!」
黒い石がアイリスに与えた感情など知らずに、ふたりは無邪気に口論をしています。
(知らないでいてくれたほうが、いいわ)
アイリスは、無理に笑顔を作って言いました。
「もう、いつまでやってるの? さあ、先へ行きましょう!」
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