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『鏡は横にひび割れて』感想(ネタバレ)

2023年の目標はクリスティー文庫の内、クリスティー本人が書いた小説(雑学集などを除く)を半分は読むです。よろしくお願いします(今年1年で全部読むという目標は既に諦めた模様)。

ここからはタイトル通り『鏡は横にひび割れて』の感想です。ちなみに2023年最初に読んだクリスティ―文庫は『動く指』ですが、まあ多分noteに感想を書くことはないんじゃないかな(つまらなかったわけじゃないよ!)。

※ここからは『鏡は横にひび割れて』のネタバレを含みます。

こちらはミス・マープルシリーズの長編です。舞台は例によってセント・メアリ・ミード村。時代の流れとともにセント・メアリ・ミード村の風景もどんどん変わっていっており、その様子が最初の数ページを使って描かれています。物語の舞台が第二次世界大戦が終わった後の話ともなると、セント・メアリ・ミード村の存在がぐっと自分が生きている世界と近くなった気がするなあ……などと思いながら読み進めていると。

セント・メアリ・ミードもその中心の一画だけはまだ以前の面影を残していた。ブルーボア館も残っているし、教会や牧師館、ミス・マープルの家もその一つだが、アン女王朝様式やジョージ王朝様式の建て方のこぢんまりとした家々もそうだった(中略)ミス・ウェザビーは世を去り、彼女の家には今は銀行の支店長一家が住んでいて、まるで顔に整形手術でもほどこしたように、玄関や窓々が紺青色に塗り変えられていた。

クリスティー文庫『鏡は横にひび割れて』P.10

ミス・ウェザビー死んでるーー!!??

ミス・ウェザビーってミス・マープルのお友達だよね!? 『牧師館の殺人』でお友達として出てきたよね!? いつの間に死んだの!! ねぇ!

同じく『牧師館の殺人』に出てきたグリゼルダの名前も、ミス・マープルの回想で名前だけちらっと出てきます。ミス・マープルの回想によると『牧師館の殺人』ではまだ旦那さんと二人で子どもがいなかったはずのグリゼルダにも、息子が生まれた模様。その息子ももう「大きな逞しい青年になって、いい勤めについている」ぐらいの年月は経っているようので、その年月の間にミス・ウェザビーがお亡くなりになるのも仕方ないのかな……。むしろマープルおばあちゃん、お元気そうで何よりだよ……。

ちなみに『火曜クラブ』やその他作品でちらっと登場したバントリー大佐も数年前に亡くなっているそうです。別作品では元気に登場していたキャラが、事故や事件に巻き込まれたわけではなく、寿命で亡くなっている(多分)という事実が、セント・メアリ・ミード村でも時が着実に流れているんだなあと実感させますね。本当、マープルおばあちゃん、お元気そうで以下同文。
あ、あと個人的にヘイドック先生も好きなので、この作品でも元気にお医者さんやってるのを見てとても安心しました。

で、そんなある日。ミス・マープルが新興住宅地をお散歩している途中、転んだところをヘザーに助けてもらうことになります。ミス・マープルを自宅に招き、あれやこれやとおせっかいを焼くヘザー。
そうしているうちに、話は以前バントリー大佐たちが住んでいたゴシントン・ホールで起った殺人事件(=『書斎の死体』)から、そこを買ったアメリカ人女優、マリーナとその夫の話になっていきます。なんでもヘザーはマリーナの大ファンだそうで。

「(前略)わたしは前からあのひと(注:マリーナ)のファンだったのですよ。十代の頃は夢にまで見ましたわ。わたしが一生で一番感激したのはね、バミューダでセント・ジョン野戦病院の基金を募るショーがあって、マリーナ・グレッグがその幕開けをつとめたときですのよ(中略)ところがその日になって熱で寝込み、先生は行ってはいけないと言うじゃありませんか。でも私はそんなことぐらいでへこたれたりする人間じゃありませんわ(中略)ですから起き出て、厚化粧して出かけたのですよ(後略)」

クリスティー文庫『鏡は横にひび割れて』P.34

いや休めよ。出歩くなよと。

「危険をおかさなきゃ、したいこともできっこありませんよ」と笑って得意げに話すヘザー。この人が2020年頃(の日本)で生活していたら「ちょっと頭が熱っぽいけどそれ以外は元気だもの!」とかいって、自分がずっと行きたかった推しのイベントに出かけて、ウイルスをばらまくに違いない。
挙げ句「ちょっと熱っぽいけど強行突破で推しのイベント行っちゃった! 推しの顔見たら熱っぽさなんて吹っ飛んじゃった♡」とか得意げにSNSで発信して、叩かれそう。最初は少しぐらい叩かれても気にしないけど、ネット特定班によって個人情報特定され始めてやっと、自分がやらかしたことのまずさに気付いてアカウント消しそう。
これが2020年頃(の日本)が舞台の推理小説だとしたら、この人がウイルスをばらまいたせいで、同じイベントに参加してた見知らぬ誰かが罹患して、人生大変なことになって、それで恨み買ってこの人が殺されるんだきっとそうだ……。

と思いながら読み進めたら、まあ大体あってたよね。

クリスティー文庫を2~30冊ぐらい読みましたが、未だかつてないスピードで動機と犯人、そしてマリーナの表情を凍りつかせたものも察してしまったという。読みながら「まさかな……こっから更にびっくりするような真相になるよな……」と期待しながら読んだのですが、結局自分が想像した通りの真相で若干拍子抜けしてしまいました(とはいえ「厚化粧して出かけた」というさりげないエピソードが病気のヒントになってたりするあたりは本当さすがだなあと思います)。

ただ、真相がすぐにわかったのも自分がコロナ禍というものを体験したからだと思います。きっとこの経験がなかったら「病気をおして出歩くことで他人を命の危険に晒すリスク」なんて発想(自分が今まさに何かの感染症にかかってでもない限り)浮かばなかったでしょうし。
コロナ禍を経験し、直接ではないにせよ「ちょっとぐらい体調悪いけど、イベント行きたいもん! いいよね!」と軽率に行動することで他人に迷惑をかける人の存在を知ったからこそ『鏡は横にひび割れて』の真相があっさり見えたのでしょう。
それはまるで、ミス・マープルが「あの女のひとはキャリー・エドワーズにそっくりだし――あのブルネットの女の方はフーパーの娘にそっくりだ――」なんて、以前の知人を思い起こしながら真相に近付いていく様にちょっと似ているような……似ていないような……。

新興住宅地を散歩しながらミス・マープルが

この新世界も旧世界も同じだった。家々の建築様式は違っているし、通りはクローズという呼び方になっているし、服装も違い、声も違うが、人間は昔と同じだった。使っている言葉は多少違っていても、話していることの内容は同じだった

クリスティー文庫『鏡は横にひび割れて』P.26

なんて考えるシーンが、よりによってあの動機・あの犯人が登場する作品で描かれるの、なんか面白いなあ……と最後まで読んで思いました。

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