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【小説】しょっぱい おにぎりと甘い卵焼きと4尺玉

ドーンっ


一人暮らしのアパートの部屋に
地響きのように響く花火の音

私は、外に出て空を見上げた

ピューっと一直線に上にのび
ドーンっという音と共に

夜空に鮮(あざ)やかな花々が
見事に咲いていた

父さんも、この花火を見ているだろうか…
空の上から…

┄┄┄┄

実家は、下町の町工場(まちこうば)だ

パートのオバチャン達と
田中のオジチャンと
うちの両親だけの小さな工場(こうば)

どっかの企業の下請(したう)けの下請けで、自動車の部品のパーツを作っていた

一応、申し訳なさそうに(株)が付いている

父は、それが自慢だった

いま思うと鼻で笑ってしまうぐらい
『ちっぽけな自慢』なのだが…


家族旅行は、社員旅行と兼ねていた

私が幼稚園ぐらいまでは夏になると
皆でマイクロバスに乗って出かけた

オバチャン達も田中のオジチャンも
自分の子供が大きかったから私を
可愛がってくれた

私が小学1年のとき
夏休み明け、夏休みの思い出を一人ひとり発表した際に
"親戚でもないオジチャン達と一緒に旅行するのは変だ "
とクラスメイトに言われてしまい
そのことを両親に話した

私は"工場(こうば)の皆んなと旅行するのは楽しいけど、そう言われれば家族だけで旅行した事がないなぁ" と思い

"たまには 家族で旅行しようよ"って
言ってみたのだ

それを聞いた途端
" 皆んなが行かないなら旅行しない!
工場(こうば)の皆んなは家族だ "と
父が怒り出した

私は、泣きながら謝ったのだが…

それから家族旅行も社員旅行も
行かなくなってしまった

私は、友達とプールに行ったり
映画に行ったりして
両親と旅行しなくても
気にならなくなっていった

両親は休暇をとらず
毎日のように機械を稼働させていた


父は、手や作業着のつなぎ を
機械油でベタベタにして
傍に行くと独特の匂いと
汗の匂いがした

幼い時は父親ってものは どの父親も、その匂いをさせているもんだ
と思っていたし、それが当たり前で 自然なことだと思っていた

いつしか、汗水流して油でドロドロになった姿の父を見てダサいと思ってしまっていた

その匂いや機械音が うっとおしい と思ってしまっていた…


小6の夏
父が突然 "花火大会を見に行こう"と誘ってきた

私は "友達と見に行くから" と
言ったのだが
父が "断(ことわ)れ!"
と しつこく言うので
しぶしぶ 約束を断り
家族、水入らずで花火を見に出かけた


私は、父に対してイラついていたので道すがら、ずっと仏頂面だったと思う

母はニコニコして私と父を見ていた
そんな母にもイラついていた


河川敷の会場に着き両親は
ビニールシートを広げ
おにぎり と唐揚げと卵焼きを並べ
水筒の麦茶を置いた

"親の都合に付き合わせるなんて
ほんと勝手な人達だ "
と呆(あき)れながら おにぎり を
頬(ほお)ばった

塩が効(き)いた おにぎり
母は、いつも しょっぱい
おにぎり なのだ

私は、この しょっぱい おにぎり は
好きじゃなかった
でも、母が作る甘ーい卵焼きは
好きだ

どこからかソースのいい匂いがした
出店の 焼きそば が私を呼んでいた

"あーあ、友達と来ていたら焼きそば が食べれたのに…"

下を向き おにぎり と卵焼きを交互に食べた


ピューっ!

ドーンっ!


一発目の花火が打ち上がると会場内から、どこからともなく拍手がした

この一発目を かわきりに次々と打ち上がる花火

合間にアナウンスが、いまの花火のスポンサーを読み上げる

花火には 一つ一つにスポンサーが付いている

下世話な話だが、花火を打ち上げるには金がかかる

1本 いくら
一発 いくら みたいな感じだ

有名な大手の会社は、連発している
連発しすぎて下の方が黒い煙で見えないぐらいだw

"儲かってるんだなぁ "って
当時、小学生だった私にも わかったw


「続きまして〜前田 鉄部品(てつぶひん)株式会社サマよりご提供
4尺玉(よんしゃくだま)!!」

えっ?! びっくりして父を見た

父は、黙ったまま空を見上げていた


ピューーっ


すーっと真っ直ぐ空高く
オレンジ色の線が のびていく

どこまでも どこまでも
真っ直ぐ
のびていく



ドーーーンっ!!



音とともに色鮮やかな大輪の花が
パッと開いた
散り際にキラキラと輝く加工も
粋(いき)だった

それは それは見事だった

会場内から ああっ と
歓声があがった

父を再び見ると…
…涙を流していた…

うちの提供の花火は 4尺玉 一発だけだった

"一発だけかよっ やっぱりシケてんな"と、その時の私は思った

父の涙の意味など考えもしなかった
その時の私は…



その年の冬…父はこの世を去った


工場(こうば)で血を吐いて倒れ
そのまま呆気(あっけ)なく逝ってしまった

母から後から聞いた話では
末期の癌で、春に余命宣告されていたらしい…

父は "入院は絶対しない"と頑固(がんこ)に言い張り、最後まで自宅で過ごすことに こだわり

"工場(こうば)の機械たちの音や
皆んなの声を聞いていたほうが
薬になる" と言っていたそうだ

しばらくは母が工場を切り盛りしていたが、女手(おんなで) 一つで私を抱えながらは キツかったようで
工場を閉めることになった

母は、機械たちを丁寧に拭きながら
" ごめんね…アンタ達は、まだまだ働けるのにね"と涙を流していた

パートのオバチャン達は母の肩を抱き、一緒になって泣いていた

そうか…オバチャン達や田中のオジチャンとも、お別れなんだな…

ずっとずっと一緒にいれると思っていたのに…

田中のオジチャンはシワだらけの手で私の頭を撫でてくれながら

"社長に言ったんだよ…
お前さんが小学校にあがる前に
これからは家族水入らずで旅行しなよってさ

そしたらさっ社長が 田中さんは家族だろがっ!ってムキになっちゃってさ

でも嬉しかったんだ

…この工場(こうば)で働けて
社長に出会えて本当に幸せだったよ

もちろんっ お前さんや奥さんや
オバチャン達とも会えて良かったよ"

田中のオジチャンは優しく微笑みながら涙を流していた

私は、オジチャンに すがって泣いた



あれから十数年
母は、いまも父との思い出が詰まった家で、父が愛した機械たちと暮らしている


きっと、あの4尺玉(よんしゃくだま)は、自分が頑(かたく)なだったせいで

家族の思い出を作れていなかったと悔(く)いた父の、せめてもの家族で過ごした思い出にと

私や母に、父からのプレゼント
だったのだろう


なんて不器用で、なんて素直じゃない人なんだろう…父は…あの人は…


夜空に見事に咲いた 一輪の花を
十数年 経った今でも鮮明に思い出せるんだ

しょっぱい おにぎり と
甘い卵焼きと

父の涙を


もっと素直になれていればよかったのに…私も…

もっと思い出 作りたかったなぁ…

そんなところ 父に似てるんだよな…


「父さん!!
やっぱり父さんの4尺玉が
世界で一番
綺麗で大っきい花火だよ!!

まったく キザで粋(いき)なことをしてくれるよね……」

私は…声が枯れるまで泣いた……


夜空には 大輪の花々が
咲き乱れていた

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