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「赤い立方体」の謎

さてみなさん、赤い・・・といえば何を思い浮かべるだろうか?人それぞれ、時代によってもずいぶん違った意見が出るだろう。私が真っ先に思い浮かべたのは短編映画「赤い風船」である。1956年にカンヌ国際映画祭でパルム・ドールを受賞した珠玉の名作だ。たくさんの風船を手にしてパリの青空に舞い上がったあの少年はどこへ飛んでいったのか・・・。いやいや、「赤い糸」だろうという人もいるかもしれない。人と人を結ぶ運命の赤い糸で、小指に結ばれていて離れられない。何を馬鹿なことを言うか、赤いといえば山口百恵の赤いシリーズじゃないか!「赤い運命」「赤い疑惑」「赤い衝撃」とタイトルだけでもテレビ画面が真っ赤っかの熱いストーリーが伝わってくる。

では表題の「赤い立方体」とはなにか?

私はニューヨークに住み始めて何度か職場が変わっているが、この10年くらいはファイナンシャル・ディストリクトと呼ばれるエリア、NY証券取引場があるウォール街近くに勤務先が変わり、毎日そのあたりを歩くのである。

コロナ感染もようやく落ち着き、観光客がどっと戻ってきた。そんな街角、毎日慣れ親しんだ通勤経路の途中に、穴の空いた巨大な赤い立方体が立っている。立っているのだ。どこかの面を下にしているのではなく、角が地面に突き刺さるように立ち、体は真っ赤、中央にはポッカリと筒状の穴が斜めに口を空けていて、向こうが見えるのだ。誰かが覗きそうなものだが、穴の向こう側はとても高い位置にあるため到底人間がよじ登れるものではない。誰もいないビルの窓が見えるだけ。

Isamu Noguchi's "Red Cube" at Harry B Helmsley Plaza

これがイサムノグチのアート作品だとは今のいままで知らなかったのはお恥ずかしい。それは横に置いといて。
ここで疑問に囚われてしまった。

この立方体は、実は立方体っぽく見えるが立方体ではないらしいのだ。言われてみれば確かにどこか歪だ。だがどこが歪なのかわからない。わからないまま長年放っておいたのだが急に気になり出した。なぜ正しい立方体にしなかったのか?バランスのためか、視覚効果のためか、はたまた作家の悪戯か。

この「赤い立方体」英語ではそのままRed Cubeと表記されるらしいが、シルバーに輝く穴についてはあまり語られることはない。突き抜けた穴は、イサムノグチにとってのヴォイド(空虚)なのだろうか。

Isamu Noguchi’s “Red Cube” at Harry B Helmsley Plaza

話をもどすが、穴はともかく穴としておいて、立方体の方だ。

よく見ると上方に若干ストレッチしているように見える。ストレッチした天辺の角は直角より狭く、横の角は直角よりちょっと広いことに気づく。10年くらいもかけてこの立方体の前をうろちょろと歩いていたくせに、今頃確信に至ったのだ。

Isamu Noguchi’s “Red Cube” at Harry B Helmsley Plaza

騙し絵のように、面の角度によって見え方が変わる、本当の角度を偽って見せるようなトリックなのだ。

周囲のビルは縦横に規則正しい直線を描いて、その腹にせっせと働く人間たちを抱え込んでいる。しかしこの赤い立方体は何の役にも立ちそうにない。エキセントリックに立ってはいるが。実際近くでいろんな角度から見てみると、理屈がわからなくなって頭がぼやんとしてしまう。

Isamu Noguchi’s “Red Cube” at Harry B Helmsley Plaza
View from north side

上の写真はアップタウン側から見た「赤い立方体」だ。
iPhoneで撮ったのだが、24ftの高さをもつ物体を、カメラを煽らずに撮るにはこれくらいは後退りせねばならない。北側のリバティーストリートぎりぎりに私は立っている。みなさんも一度ここに立ってみるといい。

先述の通り、各面に角度がついているため、正確にどうなっているのかわからないのだ。左右に見える面の四角のうち、左右を占める角は直角より広い。そして上面の下角は必然的に直角より狭くなる、と思うのだ。

しかしいい感じで直角に見えるのも確か。頬擦りしたいくらいだ。滑り降りたいくらいだ。角度がついた面は遠近感も加わって、うっすらとした歪感を与える。ことわっておくが、iPhoneのレンズは人物を縦撮りすると脚が長く、顔が細く写るように、上下が若干ストレッチするレンズの癖がある。ところがこの写真では、やはり中央の角は直角に、そして上面の天辺の角は遠くに向かって広い角を形成しているように見える。

謎だ。この謎々にはきっと仕掛けがある。イサムノグチの仕掛けた大いなる問いだ。

ところがだ。近頃たいていのことはインターネットという博物館を歩いてみれば、知りたい答えに辿り着くのだが、歩けど歩けど見つからない。旅の着地点が見えない、これではまるで冒頭で飛んでいった「赤い風船」の少年ではないか。

「赤い立方体」の正体に辿り着くことができるのか?もう少し諦めずに旅を続けてみようと思う。

#イサムノグチ  #赤い立方体 #ニューヨーク #アート

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