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#06 日本の未来はどうなるか。 国家の衰亡について調べてみた

高坂、中西両氏が示す、衰退から脱する方法

では、衰退のトレンドから抜け出すにはどうしたらよいか。高坂氏はいう。

「幸運に臨んでは慎み深く、他人の不運からは教訓を学んで、つねに最善を尽くすという態度が大切なのである。たしかに、現在の世界に住む者にとって、ひとつの問題を解決しても、またすぐ厄介な問題が出て来て、われわれはそれに苦しむことになるだろうとか、また、20年先には、全然異質の困難な問題が出て来て、世の中は大混乱に陥るだろうといった悲観的な気持ちになることは、しばしばあるだろう。しかし、だからと言って投げやりにならず、その都度目の前の問題に全力で立ち向かい、解決して行くことは可能である。それが衰亡論を持った文明の生き方であり、われわれが衰亡論から学ぶものであるように思われる。」

課題を解決するには、現在のやり方を変え、社会の方向転換を実現しなければならない。悲観的な気持ちを抑え、投げやりにならず、「その都度目の前の問題に全力で立ち向かい、解決して行く」必要がある。

社会の方向転換は、目先のことに追われ、昨日の延長に明日を考えることで精いっぱいの私たちにとって、負担であり、不快かもしれない。しかし、だからといって改革を先延ばししていては、衰退の道から脱することはできない。筋トレと同じで、最初はつらいが、それを克服して成果が出るのだ。

改革は元来、不人気なもの

中西氏はいう。「元来、『改革』は不人気なものである。性格上、その時代の人々のいやがることを断行するのだから、その指導者に当時の人々の人気が集まるはずがない。『人々の合意に基づく改革』などありえないし、だいたいこれは形容矛盾であろう。」

例えば「戦後改革を行った吉田茂は、首相在任中はきわめて不人気であった。新聞はつねに吉田をあしざまに書いたし、また国民も彼の傲岸不遜な態度にひどく腹を立てていた。」しかし、「いま、これほど高く評価されている近代日本の政治家もいない。この例を見ても明らかなように、改革とは少なくともひと世代、20~30年後になって初めて、その意味が分かるようになるのである。」

このような改革を進めるには、政財界のリーダーシップが必要だが、中西氏は、森嶋氏と同様、戦後の政治家、財界人の変容を指摘する。

「(1970年代の)オイル・ショックを乗り越えていった世代というのは、善くも悪しくも戦前の日本がどのようなものか知っており、第二次世界大戦による『世界の崩壊』を成人として体験した人々だった。したがって、彼らは大きな使命感と歴史認識をもって戦後の復興と国家の再建を最前線に立って切り開こうとした。こうした世代が1970年代の半ばには、ちょうどトップ層に来ていた。」 

ところが、「その次の世代のリーダーたちは、戦中戦後の混乱を、学生かあるいは子供として過ごした世代だった。」彼らは「それなりの良さをもった戦前の日本社会というものを知らない以上、(戦後の)『再建』の終わったあとの、新たな国家目標など展望しえなかったわけである。」

改革には哲学とリーダーシップが必要

 中西氏は何を心配したのか。

「各種の『国際化』やグローバリゼーション論議が戦後二代目の知識人や経済人、政治家によって唱えられている。」これらの論議から出てくるのは、主として経済の構造改革を中心とした改革案である。
経済の構造改革は、新たな活力とサバイバルのためには避けて通れない選択だが、それは人々の価値観や精神構造に大きなインパクトを及ぼしうるものである以上、「そこにはほんの少しでもよいから、『文明の生理』についての知性の営みがなくてはならない。それらは徹頭徹尾『日本の改革』でなければならず、その底には『日本の回復』という理念が不可欠なのである。」 

中西氏は「エコノミスト流の改革」は必ず失敗するという。
イギリスを長い停滞から復活させたサッチャーの改革では、まず「精神の改革」「哲学の転換」が議論され、その土台の上に「小さな政府」や「自己責任」が唱えられた。だから、「大きな政府」が財政上だけでなく道徳上もなぜいけないのか、「自己責任」の原則が人間の自由と尊厳にとってなぜ不可欠か、という本質論がしっかり議論され、同時に「イギリスの偉大さ」を回復するための改革であることが強調された。

そこには確固たる「国家意識」と「国家像」が提示されていた。

(次号に続く)


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