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2012年のひきこもり

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2012年のひきこもり 1

2012年のひきこもり 1

やることがないから、ガラケーをスマホに変えることにした。

ケータイショップで店員に言われるがまま、登録したり抜けたり、よくわからない手続きをすることによってタダでスマホを手に入れることができた。

使っていないポイントが貯まっていたみたいで、そのお陰で10曲ほど音楽をダウンロードできた。

東京にいた時に聴いていたCDは全部売ってしまったから、聴きたかった曲をどんどん取った。

久しぶりにテンシ

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2012年のひきこもり 2

2012年のひきこもり 2

じいちゃんの家に行くのはそれ以来のことだ。

あの日から、三年間で僕は完全なるクズになった。

ろくに働くこともせず親から何度も仕送りをしてもらい、挙げ句の果てにヒッチハイクで東京から鹿児島へ行き、そこでお金が無くなってホームレスになり、保護してくれたおじさんが親に電話してものすごく心配をかけてしまい、何とか東京に帰り着いた後に家賃滞納で家を追い出された。

頭がおかしくなったと思われても仕方ない

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2012年のひきこもり 3

2012年のひきこもり 3

実家の間取りは3LDKで七階建てのマンション。僕が小学三年生の時に母親がローンを組んで買った。それまで住んでいた賃貸のマンションよりも綺麗で広い部屋に引っ越すことになったのですごく嬉しかったのを覚えている。母さんは僕が生まれる前から看護師としてずっと働いている。高校を卒業して看護学校を出てそれからずっと看護師一筋という人だ。父親は僕が幼稚園の時に離婚して出ていったから居ない。

幼稚園の年長だった

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2012年のひきこもり 4

2012年のひきこもり 4

中学では学校の部活には入らず、地域のリトルリーグで野球をすることになった。そこにはおっちゃんは来なかった。でも友達が僕の家に遊びに来た時、パンツ一丁で部屋から出てきたおっちゃんに遭遇してしまった。それ以来、その友達は僕の家にパンツ一丁のおっさんがいたということを笑い話にしてみんなに言いふらした。だから仕方なくそのおっさんがお父さんだと誤魔化した。

高校でも僕はお父さんがいるんだという風を装った。

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2012年のひきこもり 5

2012年のひきこもり 5

九月の終わりに実家に帰ってきて、自分の部屋には特に何もするものがなかった。あるのは昔読んでいた本とラジオくらい。昔読んでいた本はほとんどが自己啓発本で今さらそんなもの読む気にはならなかった。ラジオはよく聴いた。BUMP OF CHICKENのfirefryが何度も流れていた。お金はほとんど無かった。ご飯は一日二食でリビングにはだいたいコンビニで買ったパンとかカップラーメンが置いてあった。スティック

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2012年のひきこもり 6

2012年のひきこもり 6

友達の先輩が働いているスーパーで働けることになった。閉店前の三時間で次の日の為に商品を補充したり場所を並べ替えたり新商品の値札やポップを付ける仕事だ。初めて働く場所に知り合いがいるのは心強かった。勤務初日は先輩と店の近くで待ち合わせしてから出勤した。東京での日雇い仕事みたいにいきなり怒鳴られたりすることもなく、先輩や店長が作業のやり方や流れを教えてくれた。商品をただ補充するだけではなく商品の名前や

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2012年のひきこもり 7

2012年のひきこもり 7

僕は自分の洗濯物は自分で洗濯している。別に家族と一緒に洗いたくない訳じゃないけれど、何となく自分の分は自分でやりたいからだ。その日も昼間に自分の洗濯物を100円ショップで買ったネットに入れて洗濯機に放り込んだ。家には犬とおっちゃんがいた。三十分ほどで洗濯が終わり、ネットを取り出してベランダに向かった。僕はズボラな性格なので小まめに洗濯をすることができない。その日は洗濯物がたまっていて、部屋でずっと

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2012年のひきこもり 8

2012年のひきこもり 8

夜、ブックオフで本を探していた帰り道、父さんに会った。コンビニの前を通り過ぎる時に何となく中を見るとお酒のコーナーで立ち止まっている父さんを見つけた。コンビニの中に入り、父さんの所へ行って声を掛けた。父さんはびっくりしていた。前に会ったのは東京に行く前だから19才の時だ。

母さんと離婚して家を出て行ってから色々あった後、父さんは今看護師のおばさんと暮らしている。実家からそう遠くない場所にあるマン

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2012年のひきこもり 9

2012年のひきこもり 9

夜中の散歩が終わり、朝方になって家に帰った。いつもなら疲れてすぐに眠れるはずなのにその日はなかなか寝つけなかった。仕方ないからこの前ブックオフで買ったパウロコエーリョのアルケミストを読むことにした。

本を読んでいるとリビングの方でケータイのアラーム音か聞こえてきた。何度かアラームが消えてまた鳴ってを繰り返した後、ライターのカチッという音がした。そしてその後、何度も咳き込む母さんの声が聞こえた。肺

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2012年のひきこもり 10

2012年のひきこもり 10

おっちゃんも母さんもいない昼下がり、犬が僕の部屋の扉を引っ掻いてノックしてきた。僕はそれで目が覚め、布団の中から手を伸ばしてドアを開けた。犬は枕元に来て僕の横で身体を丸めて寝そべった。

僕は犬の頭を撫でて、その後おしりにあるゴルフボールほどのしこりを見て不安になった。

昔飼っていた猫みたいに病気で苦しんで死んでほしくない。

この犬は僕みたいに勝手に何処かへ行ったりしないし、おかしなこともしな

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2012年のひきこもり 11

2012年のひきこもり 11

友達に競馬に行こうと誘われた。お金が無いから無理だと言ったのだけど一万円貸してあげるから行こうという話になった。僕はこのチャンスをものにして当分働かなくても良いお金を手に入れたいと思った。

友達はわざわざ家の前まで車で迎えに来てくれた。僕は前日からスポーツ新聞を買ってどうやってこの戦いに勝利すべきかを考えていた。競馬がデータの戦いだということは何となく知っていたけど、140円のスポーツ新聞に書い

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2012年のひきこもり 12

2012年のひきこもり 12

借りた金を返す為に働かなければならない。僕はこのセリフを布団の中で何度も何度も唱えた。競馬に負けた日からその事を考えるしかなくて、その事を頭から消すことができなくて苦しかった。だから朝からずっと布団の中でそのセリフを唱え続けた。百回は唱えただろうか。いやわからない。千回かもしれない。僕は布団から出てクローゼットの中にある金属バットを取り出した。これは高校の時、野球部で使っていたものだ。木製テーブル

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2012年のひきこもり 13

2012年のひきこもり 13

夜勤のバイトへ行く途中に父さんを見かけた。ちょうど駅の改札から出てくる所だった。作業着を着ていて、少しうなだれた雰囲気でそのまま歩いて行った。僕は父さんを追いかけて声を掛けた。父さんはびっくりしていたけど、後ろ姿と同じで顔には暗さが漂っていた。途中まで進む方向が同じだったので二人で歩いた。僕は作業着を見て仕事かと聞いた。父さんははっきりとは答えずにごまかした。今僕はコンビニの夜勤で働いていると言っ

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2012年のひきこもり 14

2012年のひきこもり 14

駅で電車を待っている時だった。母さんからメールが届いた。

犬が死んだという連絡だった。

僕は目眩がして、とりあえず後ろのベンチに座った。

終電まではまだ余裕があったから乗るはずだった電車には乗らなかった。

聞くと二ヶ月前に死んだことを今さら報告してきたらしい。

なんで死んだのかを聞いた。

それは突然のことだったらしい。

前の日まで元気だったのに、次の日の朝、ご飯を食べた後にぐったりと

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