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2012年のひきこもり 9

夜中の散歩が終わり、朝方になって家に帰った。いつもなら疲れてすぐに眠れるはずなのにその日はなかなか寝つけなかった。仕方ないからこの前ブックオフで買ったパウロコエーリョのアルケミストを読むことにした。

本を読んでいるとリビングの方でケータイのアラーム音か聞こえてきた。何度かアラームが消えてまた鳴ってを繰り返した後、ライターのカチッという音がした。そしてその後、何度も咳き込む母さんの声が聞こえた。肺炎にでもなっているんじゃないかと思うくらい何度も咳き込む声が聞こえてきたので不安になった。イヤホンをして音楽を聴きながら本を読むことにした。

それから三十分くらい経って玄関のドアがガチャンと閉まる音がして、鍵が刺さって閉まる音が聞こえた。

部屋の窓が少し開いていて、カーテンの隙間から廊下を歩く母さんの後ろ姿が見えた。猫背で昔よりも痩せているような気がした。歩く時、少しだけ右足が内側に傾いていて引きずっているように見える。これは僕が小学五年生の時に母さんがくも膜下出血で倒れて手術をした後遺症だ。母さんは頭の血管が切れていたのに病院に行く直前までふらふらになりながら僕が学校へ行く支度をしてくれていた。痛み止めの薬を飲み過ぎて血を吐いていたらしい。だから僕は薬を飲むのが苦手だ。

母さんが手術をしていると聞いて、ばあちゃんとじいちゃんとおっちゃんの四人でずっと病院にいたけれどその時は死ぬかもしれない手術をしているなんて思いもしなかった。

どれくらい待ったかわからないくらいの長い手術を終えて、手術室からベットに横たわった姿で看護婦さんに運ばれて母さんが出てきた時、麻酔が効いていて目を閉じていた。四人で母さんの元へ行き、みんなが声を掛けた。ばあちゃんに促されて耳元へ行き、僕が「母さん」と呼ぶと、その時初めて目を見開いて僕のことを見た。

僕はその時のことを思い出した。

廊下を歩く母さんはふーっと息を吐いた。ため息というよりも気合いを入れるような感じだった。

僕は自分が本当に本当に情けない人間だと思った。

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