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政策 x デザインリサーチの可能性 / 「課題提起」のデザイン(3)

過去2回の記事で、私が通うParsons School of Design / Transdisciplinary Design program(TDD)のコアとなるデザインアプローチ、Design-led research(デザイン主導のリサーチ。DLR)の概要と実践をご紹介してきました(DLR 概要編実践編)。

今回は、私の本業でもある政策の現場において、このDLR / デザインリサーチをどのように活かすことができるかについて、自分なりの考えを書きたいと思います。

はじめに

近年では、「デザイン思考」などの広がりとともに、政策の現場でもデザインの活用への関心が高まりつつあると感じますが、「流行っているようだが実際どう使えるのか?」「アイデア発想法のようなものでは?」「新しい課題解決法の一つでは?」というイメージもあるのではと思います(自分の周りではそういう反応が多いです。)。

確かに、「新しいアイデアを生む」「新たな課題解決の手段を作る」という機能はありますが、Parsonsでの経験を通して、デザインはもっと奥行きが深く、広がりの広いものだと今では考えています。

以下では、そうした考えを前提に、デザインリサーチ(やデザイン)の持つ「力」を、政策担当者の目線でブレイクダウンしながら、その活用の可能性について書きたいと思います。

*TDDで実践するDLR固有の話というより、その上位概念にあたるデザインリサーチ全体についての話と考えているため、あえて主語を大きくしています。

政策 x デザインリサーチの可能性(1) : プロセスの活用

先の記事でご紹介したDLRの「型」の各プロセスは、デザイナーの方にとっては普段から日々行っているようなことが多く、特段新しいものでは無いと思います。また、それ以外の業界においても、(どのように呼ぶかはさておき、)実践されているようなプロセスも多いかと思います。実際、政策の現場でも、当然ながら、問い立てやリサーチ、仮説構築をしながら政策を立案を行います。

一方で、「政策の現場ではあまり行われていないけど、有効かつすぐ試せる」プロセスもあります。以下では、DLRの「型」としてご紹介したプロセスの中から、いくつかピックアップしてみたいと思います。

①アイデアを出す 「creative session」 の活用

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「デザインの活用可能性はアイデア発想だけではない」と書いておきながら、最初の項目がこれか!という感じではありますが、デザインにおいてアイデアは重要であり、また政策の現場がデザイン(思考)に期待するものの一つではあると思います。

例えば、「Creative session / 自由に想像・創造する」のプロセスは、ビジネスの現場などだと「ワイガヤ」に当たるようなものかと思います。

このプロセスでは、役職や肩書きなどは関係なく、参加する人が自由に発想し、みんなに共有することで、それまでにない気づきが生まれます。また、「個人的な考え」がどんどんと出てくる方が、アイデアに広がりが出ます。

そしてデザイン(リサーチ)のcreative sessionの特徴は、こうしたフラットな関係性でのアイデア出しや、「個人的な考え」を引き出すための様々なツールがあることです。

これを自分の職場で行うにはハードルが高い!と感じる政策担当者の方も多いと思いますが、このようなツールをサポート役として使いつつ、部署の目標新たな政策を考える際などに用いることで、新たなアイデアを生み出すことに繋がるプロセスだと思います。

②ビジョンの解像度を上げる 「prototype / test / iteration」 の活用

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また、「"Dirty" prototyping / 「即席」でプロトタイピングをする」「Prototype test / プロトタイプをテストする」「Iteration / 反復する」という考え方は、政策の現場においても(むしろ政策の現場においてこそ)取り入れる意義があるものだと考えています。

政策は税金によって行われるものであり、当然のことながら「無駄遣い」は避ける必要があります。一方で、技術の発展やグローバリゼーションの進展、またそれらに伴う社会の急速な変化が起こっている現代において、政策が取り組むべき課題は一層複雑化していると思います。

その際に、政策のアイデアをテストせずに本番として世に出すことは、逆に大きな「無駄遣い」となってしまう可能性があります(スポーツで例えれば、練習試合をせずにいきなり公式戦に望むようなものだと思います。)。

実際には、担当部署のアイデアがそのまま世に出ることはまれで、様々な会議や、外部の専門家との意見交換などを通じてアイデアを磨いていくことが多いと思いますが、その場合でも、文章中心(あっても表や図)の資料をもとに議論をすることがほとんどだと思います。しかし、そうした議論だけでは、互いの考えがズレていたり、「細部」まで考えることの限界があると思います。

ここで「細部」としているのは、政策の現場で用いられるような文章テクニック、というようなことではなく、

「政策が世の中にどのような形で人々に届き作用するか」というビジョン

という意味です。

そしてこの「ビジョンの解像度」を上げることは、より良い政策を考えるうえでとても重要だと考えます。

どれだけマクロな政策であっても、それが政策である以上、最終的には何らかの形で人々、あるいは社会に届きます。しかしながら、特に政策の
場合、そのサプライチェーン、バリューチェーンはともに複雑かつ長いものになりがちです。また、物理的な商品などと異なり「目には見えない」という点もあります。そのため、どれだけ科学的、客観的な根拠に基づき「良い」政策を立案しても、実際に人々に届く際には上流の工程で考えていたものとは違う「形」になっていたり、予期せぬ影響を持つ場合があります。

また、TDDでも紹介される、Pluriversal Design や Transition Design というデザイン理論においては、place-basedcontext-based という、その土地や文脈に応じたデザインであることが重要 とされており、他の国や地域、ケースでうまくいっているアイデアを取り入れる場合でも、取り入れる先の文化や風習、慣行などを捉えたうえで、どのように活用できるかを考える必要があります(Parsonsの仲間であるMASAさんの Pluriversal DesignTransition Design に関するnoteがとてもわかりやすいのでぜひ。)。

この、

「目には見えない」政策を、「目に見える」ようにするために、「ビジョンの解像度」を上げる

ことが、これからの時代の政策の現場に求められるアプローチの一つであり、そのために、プロトタイピングテスト反復的なプロセスなどのデザインリサーチのプロセスが活用できると考えています。

政策 x デザインリサーチの可能性(2) : 「課題提起」のデザインの活用

ここまで、DLR で用いられる「プロセス」について、政策の現場でどのような活用可能性があるか、ということを書きました。

ここからは、DLR / デザインリサーチが持つ「機能」そのものについての、活用可能性について書きたいと思います。

DLR / デザインリサーチは、「新たな視点や課題を提供する」ことを目的(のひとつ)にデザインを用いるアプローチです。もちろん、課題解決の側面もありますが、それ以上に、

「今まで知られていなかったことや視点を提供する」

ということに重点があり、その点にこそ、デザインリサーチを政策に活用する理由があると考えています。そしてこの点が、「デザイン=課題解決」という文脈で用いられる際の「デザイン」との相違点でもあると考えています。

なぜ 「課題提起」 のデザインが政策に有効か

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前回の記事でご紹介した、「人に語りかけるゴミ箱」というアイデアは、学生が1週間で考えた小さなアイデアではありますが、長年解決に取り組まれてきた大きな問題であるニューヨーク市のゴミ問題について、「ゴミ箱という『モノ』を介してゴミ問題=システマティックな政策的課題に介入する」という、行政の現場からは出てこないであろう視点を提供していると感じました。

技術の発展やグローバリゼーションの進展で、個人や小さな組織でも、ダイレクトに世界中の人々と繋がり、共創し、発信することができる時代となりました。まだまだ途上ではあるものの、日本においても、様々な課題にチャレンジするスタートアップ企業や、個人で世界に向けて発信する人などが活躍されるようになっています。

このような時代において、既にある様々な社会の課題の解決は、政策だけではなく、民間や個人など多様な「知」を合わせて取り組む事で、より効果的に解決することができる可能性があります(「これからは社会課題は政策ではなく民間で取り組むべき」、ということを言いたいわけではありません。念のため。)。

一方で、このように社会が複雑かつ細分化し、個人が活躍できる時代だからこそ、政策には、社会全体を考えることが一層求められると感じています。(「政府が全体を管理すべき」、ということを言いたいわけではありません。念のため。)。

その際に、重要になってくることの一つとして、

「まだ社会にない課題や視点を、アジェンダとして提案 / 設定する」

という「課題提起」の役割が、政策の現場には一層求められると考えます。

なぜそう考えるか。それは、「政策は利益を上げる必要が無いから」です。

まだ社会に無い課題の提案自体は、それだけでは儲けられるものではなく、仮に課題として設定ができたとしても、その時点では社会にとって「マイナー」な課題であることが多く、解決して得られるリターンの仕組みも十分ではありません(ニューヨーク市でも、様々な社会課題に取り組む多数のNon-profit の組織があり、Parsons の学生の就職先としても人気ですが、インタビューで聞いたり、アンケート調査等の結果を見ると、やはりマネタイズやファンディングに苦労している組織が多いようです。)。

その際に、「解決することで利益を得ることができ(う)る課題」だけではなく、

「解決しても利益は得られない課題」を掬い上げ、提起し、その解決に向けてアクションを起こす

ことにこそ、「利益を上げる必要のない」政策がその「強み」を十分に発揮でき、かつ、「担うべき役割」であると考えています。

そのためのアプローチとして、

「包括的(inclusive)、全体的(holistic)な視点で取り組む「課題提起」のデザイン=デザインリサーチ」

は、政策の現場でも活用できるポテンシャルがあると考えています。

*「デザインリサーチの「新たな課題 / 視点の提起」の意味がいまいちわからない」と思われた方は、デザインリサーチャーの川崎和也さんが監修された「SPECULATIONS:人間中心主義のデザインをこえて」に様々なデザインリサーチプロジェクトが掲載されているので、機会があればぜひご覧になってください。私も自分のリサーチをするうえでいつも参考にさせてもらっています。

まとめ

今回の記事では、過去2回の記事でご紹介した、Design-led research(デザイン主導のリサーチ)の概要と実践のまとめとして、「政策とデザインリサーチ」の可能性について、現時点における私なりの考えを書きました。

まとめると以下のとおりです。

・creative session や、prototype / test / iteration というプロセスは、アイデア出しビジョンの具体化の目的で、政策の現場でも活用できる

「課題提起」の役割が一層求められるであろう政策の現場にこそ、包括的(inclusive)、全体的(holistic)な視点で取り組む「課題提起」のデザイン=デザインリサーチを活用する意義と可能性がある

最後に:どうやって「政策へのデザインの活用」を進めるか?

ここまで、「政策におけるデザインリサーチの活用」の可能性について、プロセスや機能面から、その意義と有効性を書いてきました。

では実際に政策の現場において、デザインやデザインリサーチを活用していくためには何が重要か。

政策の現場とデザインスクールを経験したうえで、個人的には、

「政策担当者が、デザイナー / デザインリサーチャーとチームで共創する経験を持つ」

ということが重要であり、最初(またはかなり初期段階)のステップだと考えています。

なぜか。

国、地方を問わず、日本の行政機関が外部のデザイナーと協業するという場合、ほとんどが委託関係によるものだと思います。しかし、この場合、「発注者」と「受注者」という関係性でしかなく、相手側の価値観や、アプローチについてまで理解をしあおう、というコミュニケーションは生まれにくいからです。また、パワーバランス上非対称的な関係性が生まれてしまいます。

また、「政策担当者がデザイン(思考)の研修を受ける」といったアプローチもあるかと思いますが、特に政策の現場のような非デザインバックグラウンドの組織においてデザインを活用するには、フレームワークやプロセスそのものよりも、それらを使いこなすための「態度(attitude)」や「原則(principle)」がより重要になると思います。

これらのattitudeやprincipleがない状態で「それっぽい」フレームワークやプロセスをやるだけでは、必ずしも期待した結果は得られず、「デザインって大したことないんだな」「うちの組織では使えないな」ということになってしまいかねません。また、政策の現場には、デザインの現場とは異なるattitudeやprincipleが当然ながら(そしておそらくは、より「頑強」な形で)あります。

「同じ目標に向かうチームメンバー」という関係性での、政策担当者とデザイナー/デザインリサーチャーの共創を通じて、政策担当者がデザインの活用に必要な「態度(attitude)」や「原則(principle)」を体感し、デザインの持つ力やその活用の可能性について腹落ちするとともに、デザイナー / デザインリサーチャーも政策の現場のそれら(や様々な力学)を体感する、というケースを増やしていく。それによって、政策の現場でデザインを活用したいという思いを持つ政策担当者や、そのような担当者とともに活動するデザイナー / デザインリサーチャーが増えていく、というスパイラルを生み出せないかと考えています。

そのためにも、今後は、欧米では既に進みつつある、

「デザイナー / デザインリサーチャーと政策担当者が共創し、色々な人を巻き込みながら、新しい政策課題の設定や、未来社会のビジョンのデザインなどに取り組む」

といった活動や、そのような活動を支える場を、日本においても増やしていきたいと考えています。

(考えているだけでは何も動かないので、そうした取り組みを役所の「中」と「外」で行っていくため、同じ役所からParsonsに留学した職場の同僚たちとともに、STUDIO POLICY DESIGN という一般社団法人を創りました(役所の兼業副業制度を活用しています)。まだまだ手探りかつ、メンバー3人のうち私含む2人はニューヨークにいるため、まだ限定的な活動ではありますが、今後活動を拡大していきたいと考えています。)

最後までお読みいただきありがとうございました!

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