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ニューヨーク市のゴミ箱をリデザインする / 「課題提起」のデザイン(2)

本記事では、前回の記事でご紹介した、Design-led research(デザイン主導のリサーチ。以下、DLR)というアプローチの実践例として、どのように授業で取り組んでいるかをご紹介したいと思います。

(前回の記事はこちらです。)

DLRは、私が通うParsons / Transdisciplinary Design program(以下、TDD)のコアとなるデザインアプローチであり、DLRというタイトルの必修授業もありますが、その他の授業においても共通して用いられるアプローチとなります。

今回は、入学して最初の1週間で集中的に行わられるIntensiveという授業の様子をご紹介する形で、DLRの実践例について書きたいと思います。

一年以上前の授業ではありますが、人生初めての海外留学、不慣れな英語、初めてのデザインの授業で、右も左もわからない状況のなか、初日からいきなり放り込まれ、色々な意味で衝撃を受けた授業です。

ニューヨーク市の公衆ゴミ箱をリデザインする

TDDのIntensiveは、年度始めの最初の1週間で、新入生と二年生(TDDは二学年制)全員が参加して行われる集中講義です。

入学の初日から行われ、1週間という短期間でDLRのプロセスを高速かつ実践的に経験することで、DLRの特徴や、TDDにおける「デザイン」とは何かについて(部分的にでも)掴むことが求められます。

フォーマット、テーマは毎年変わるようですが、私が新入生として参加した2018年は、

「ニューヨーク市の公衆ゴミ箱をリデザインする」

がテーマでした。これは、当時実施されていたニューヨーク市による実際のコンペのテーマでもありました(ニューヨーク市は、市の行政におけるデザインの活用に積極的に取り組んでおり、Parsonsとも色々な形でコラボレーションしています。)。

ニューヨーク市は、京都市のように、碁盤の目状に町が区画されているのですが、各ブロックの角には、このような鉄製の公衆ゴミ箱が設置されています。

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この公衆ゴミ箱をリデザインするデザインプロジェクトに、アメリカ人、エジプト人の二年生2人と、カナダ人、ドイツ人、インド人と私の新入生4人の6人のチームで取り組むことになりました。

チームでのワークの前に、テーマについてのインプットを得るため、市の担当者からレクチャーがありました。その際、

ゴミ問題は長年、市の大きな問題であり、リサイクル制度の導入など、いろいろな取り組みを行なってきたこと

・しかしながらゴミの量は減らず、また毎日ゴミ箱から溢れ返るほどゴミが捨てられるため景観上も衛生上も問題であること

・一方で、公衆ゴミ箱の収集頻度を増やすとコストがかさみ交通渋滞もひどくなること

・かといって、ゴミ箱を無くしてしまうとポイ捨てが増える結果になりうること

といったことがわかりました。

初めての creative session と HMWクエスチョン

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市の担当者からのインプットを踏まえ、それぞれのチームでのワークとなりました。私たちのチームでは、まずは自由にアイデア出しを行う、creative session を行いました(この時は、二年生にcreative sessionをやろうと言われても、「???」状態でした。)。

与えられたテーマは、「ゴミ箱のリデザイン」ですが、TDDで求められる考え方の一つが、Thinking in systems(システム思考)というものであり、最初からゴミ箱そのもののデザインを考えるのではなく、ニューヨーク市の公衆ゴミ箱を取り巻くシステム(≒ゴミ箱を取り巻く相関図のようなもの)を捉えたうえで、そのシステムに介入(intervention)するようなデザインプロジェクトを求められていました。

行政出身の私としては、
「収集の仕組みを変えてはどうか」
「優れたリサイクル技術を開発するベンチャー企業や研究機関に助成金を与えてはどうか」
などといった、行政システムや法令、補助金の活用といった切り口での発想をしていたのですが、事前のレクチャーによれば、そうした取り組みはこれまでも行われてきているとのことでした。こうした、いかにも「行政っぽい」方向性は、現状を大きく変えうるようなアイデアとはいえませんが、効率化の余地はありそうでした。

行政の現場であれば、こうしたアイデアが出た段階で、
「ではこの効率化をどう実現するか」
「収集頻度を上げることで増える財政コストをどうするか」
「助成対象の要件、助成規模はどうするか」

といったことに議論がフォーカスしていく、というようなケースが多いのではと想像します。

しかし、文化的バックグラウンドも、専門性も異なるチームでのcreative session となると、全く違う視点でのアイデアが色々と出てきました。

その中で、

「なぜ人はゴミを捨てるのか」

という、(少なくとも行政の現場だと)自明なこと、所与の条件としてスルーしてしまう、しかしとても本質的な着想にいたりました。

これをさらに膨らませ、HMWクエスチョン(How might weクエスチョン)として練り直し、

「私たちは、どのようにして、ゴミを捨てるという行為に介入(intervention)できるか」

というクエスチョンアイデアが生まれました。

初めてのプロトタイピングと「失敗」

「私たちは、どのようにして、ゴミを捨てるという行為に介入(intervention)できるか」というアイデアを「形」にすべく、プロトタイピングのフェーズに移ります。

この頃には自分の頭も少しほぐれてきたのか、「ゴミ箱に、汚したくないような何かが入っていたらゴミを捨てるのを考え直したり、別のゴミ箱に捨てにいくのでは?」という、私がポッと言ったアイデアに、チームのメンバーが、それ面白いね、と言って乗ってくれました。

このアイデアをベースに生まれたのが、

「ただのゴミ箱に見える、中に花が植えられたゴミ箱型プランタ」

というプロトタイプのコンセプトでした。

このプロトタイプを作るうえで、二年生からは、"Let's do dirty messy prototyping in twenty minutes!" (=「汚くて雑な」プロトタイプを20分でやっちゃおう!)と言われました。

留学の前から、デザインスクールの授業についてはある程度調べていて、即興的にプロトタイプをするということも知っていたので、「ついにプロトタイプデビューか!」と思っていたのですが、本当に即興かつ豪快で衝撃を受けました。

自分は、ゴミ箱に見えそうな箱か何かを探してくるかと思っていたのですが、「リアリティに欠けるし箱を探す時間ももったいない」ということで、教室でみんなが使っているゴミ箱を、中身を取り出して(勝手に)使い、その中に(なぜか教室にあった)ガーデニング用の土を放り込み、その中に教室に飾ってあった花をぶっ刺して、即席「ゴミ箱型プランタ」を作ってしまいました。

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このプロトタイプをテストするため、学生が多く集まる図書館がある階まで持ち運び、さらにそこにあったゴミ箱と(勝手に)入れ替えてあたかも本物のゴミ箱のように設置しました(写真の左から二番目)。さらに、写真の左にあるゴミ箱は、わざとゴミをかさ増して、これ以上ゴミを捨てられない状態にしました。

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(一応、)行政の現場で働いているということもあり、勝手にゴミ箱をオブジェにしたり、さらにそれを勝手に本物と入れ替えている間は内心ドキドキしていましたが、担当の教授からも咎められるどころか「すぐにテストしなさい」と言われました。

さて、テストですが、ちょうどお昼時だったということもあり、ゴミを捨てる学生も多く、少し離れたところでチームメンバーと一緒にしばらく様子を観察します。初めてのプロトタイプのテストで、どのような反応が起きるのか楽しみに見守っていましたが、結果は「失敗」でした。予想していた「花に気づいてゴミを捨てるのを止める」という結果ではなく、次々と花の上からゴミが捨てられていきました。

正直、残念な気持ちになりましたが、さらに観察していると、どうやら誰もゴミ箱の中を見ることなくゴミを捨てており、花の存在にすら気づいていない様子でした。それを踏まえて、なぜ予想どおりの結果が得られなかったのかをメンバーと考察した結果、「人はゴミを捨てるときにゴミ箱の中まで見ないのでは?」「あまりにもゴミ箱と同じ見た目すぎると、捨てようとする際に視覚的な引っ掛かりを感じないのでは?」「その結果、花に気づかずゴミを捨てるのでは?」という仮説的なインサイトにいたりました。

この仮説を検証すべく、すぐに改良してできたプロトタイプ ver. 2 がこちらです。

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わかりにくいですが、ゴミ箱の上カバーを外し、土を増やして花がより見えるようにしたうえで、さらにwebアンケート用のURLを手前に付けることで、「ゴミ箱ではない」ということがわかりやすいようにしました。

これもすぐにテストしたところ、ゴミを捨てようとすると人たちが、ゴミを捨てる直前に違和感を感じたように手を止め、ゴミを持ったまま立ち去っていきました。

最初のプロトタイプでは、予想どおりの結果を得ることができませんでしたが、その際に得たインサイトを使ってプロトタイプを改良し、最終的には期待した結果を得ることができました。そう考えると、最初のテストは「失敗」ではなく、次につなげるために必要なプロセスであったと同時に、「リアルすぎるものに人は違和感を感じない」「ゴミを捨てるときにゴミ箱の中は見ない」といった「失敗」から得たインサイト自体が非常に貴重なものでした。

これらのインサイトは、出来上がったものを第三者が見れば、容易に想像できるものかもしれません。しかし、自らが作り手となって、頭の中でアイデアを考えている際には気づけないポイントがあります。プロトタイプを行うことで、自分たちのアイデアを第三者的な視点で捉えることができると感じました。

初めての街頭テスト in ニューヨーク

即席プランタのテストの結果を踏まえ、さらにリサーチを進めます。

最初のプロトタイプでは、ソフトな方法で、ゴミ箱にゴミを捨てるという行為への介入をデザインし、最終的に期待した結果を得ることができました。ただ、このままでは、その場でゴミを捨てることはやめても、別の場所で捨てるだけかもしれず、特に至る所にゴミ箱が設置されているニューヨークでは、「捨てる場所が変わっただけ」ということになってしまう可能性があります。実際、先のプロトタイプのテストでも、プランタゴミ箱にゴミは入れないものの、既に溢れかえっている隣のゴミ箱に無理やり突っ込んで捨てる人もいました。

そこで、方向性は維持しつつ、「ゴミを捨てるという行為」そのものにより深く介入するデザインを考えることになりました。そこで、またcreative sessionを行い、生まれたアイデアが、

「ゴミを捨てることについて考えるためのゴミ箱」

というコンセプトでした。色々なデザインアイデアが出ましたが、先のプロトタイプの結果やインサイトも踏まえ、最終的には、

「ゴミを捨てようとすると問いかけてくるゴミ箱」

というアイデアが生まれました。さらにこれを具体化し、最終的には、

「ゴミを捨てようとすると、ゴミを捨てることについて考えさせられるような言葉を投げかける音声機能を備えたゴミ箱

というアイデアとなりました。

アイデア自体はメンバー全員がおもしろいと思っていたのですが、時間、予算、メンバーのスキルセットの問題で、そのままの形でのプロトタイピングは難しそうでした。そこで、「ゴミを捨てようとすると問いかけてくるゴミ箱」というアイデアについてテストするためのプロトタイプをしようということになり、即興プロトタイピングで生まれたのがこちらです。

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"To open, please say, I wish to waste" (=「開けるには、「私は浪費したい」と言ってください」)というメッセージが書かれた地球を模したボードを公衆ゴミ箱の上において、「(地球を)浪費したい」と宣言しないとゴミ箱の蓋が開かない、というアイデアです。

ただし、自動音声機能も自動開閉機能もついていないため、実際には横に立って、人力音声+人力開閉バージョンとしてテストしました(顔が写っていませんが私です。)。

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学校のすぐ隣が、ユニオンスクエアという、人の往来が多い場所なので、そこの交差点にある公衆ゴミ箱で試します(入学していきなり、ニューヨークの大通りで、初めての街頭テストを、謎なオブジェを使って、慣れない英語で行う、というのは、非常に緊張かつ貴重な経験でした。)。

忙しい時間帯でもあり、ほとんどの人が見ることもなく通り過ぎていきましたが、何人かの人がアプローチしてくれました。ボードに書かれたメッセージを読んで "I wish to waste." と言った人とにかく急いでいるから蓋を外してくれと苛立ちながら話しかけてきた人ゴミを捨てるのをやめ立ち止まってこちらと会話をしようとする人など、反応は様々でしたが、共通していたのは、「ゴミ箱(と横の人間)とのインタラクションが生まれていた」ということでした。

本来であれば、このテストの結果を踏まえ、オリジナルのアイデアである「ゴミを捨てようとすると、ゴミを捨てることについて考えさせられるような言葉を投げかける音声機能を備えたゴミ箱」をmaterialization するのが次のフェーズですが、時間の制約上、授業の最後の発表では、このプロトタイプと、さらにブラッシュアップした materialization のアイデアをプレゼンの形にまとめて発表しました。

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1年半前を振り返ってみて / TDDにおける「デザイン」

以上、今回は、DLRの実践例として、実際の授業の様子をご紹介しました。

この記事を書くにあたって1年半前を振り返りましたが、このIntensiveという授業は、デザインの世界に足を踏み入れた最初の1週間で、色々な人生初の経験を積むことができた1週間だったと改めて感じました。そしてこの時の経験が、非デザインバックグラウンドの自分が、この後の留学生活において様々な"unlearn"をするためのマインドセットにつながっていたのだと今では感じています。

私たちの「ゴミを捨てようとすると問いかけてくるゴミ箱」というアイデアは、当時はわかっていませんでしたが、今から考えると、本来「ゴミを捨てる人間→ゴミを収納するゴミ箱」という一方通行の関係性である人間とゴミ箱の関係性に介入し、人間=「ヒト」と、ゴミ箱=「モノ」に「ヒト←→モノ」という双方向的な関係性が生まれうる、ということを示していたのだと考えています。

また、「市のゴミ問題」という非常にマクロかつシステマティックな政策的問題に対し、システム上のリソースの分配やルールの変更という政策的アプローチではなく、ゴミ箱という「モノを介してシステムに介入する」というデザインアプローチでもありました。

その意味で今振り返ると、Ontological Design の考え方を用いた社会 / 文化のデザインに取り組んでいたのだと今では考えています。
(Intensive の授業の中では、ゲスト講師として、Design theoristとして知られるTony Fry氏が来られており、Ontological Designについてのレクチャーがありました。また、当時のプログラムディレクターから、カーネギーメロン大学から提唱されているTransition Designについてのレクチャーもありました。いずれも入学2日目や3日目に行われ、当時は理論の中身も、Tony Fry氏によるレクチャーの貴重さもまったくわかっておらず、「教授たちがsuper starと興奮しながら紹介するくらいだからきっと凄い人なんだろう」くらいに考えていた当時の自分を殴りに行きたいです。)。

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また、こうした、政策的な課題に対し、行政の現場では用いられない「モノを介してシステムに介入する」というアプローチを自分自身でデザインするという経験は、行政出身の私にとっては目から鱗が何枚も落ちる体験でした。

そしてTDDは、「最先端のデザイン理論を「学ぶ」プログラム」ではなく、

異なる disciplines (政策 / モノのデザイン / システム論 など)を trans する design の「実践」を通じ、自身の "Transdisciplinary Design" のメソドロジーを「開発」する場

だと今は理解しています。

最先端のデザイン理論は様々提供されますが、あくまでそれらは自身の「実践」と「開発」の材料であり、それらをマスターすることがプログラムの目的ではありません。

また、このような実践の場を支える、TDDの特徴の一つが、批評的(critical)であるということです。また、文化的文脈(cultural context)を尊重し、全体的(holistic)な態度を求められます。全米トップのデザインスクールでありながら(あるからこそ)、西洋的視点のデザインや理論に対して鋭く批評します。また多様な文化圏から来る留学生に対しては、それぞれの文化圏における理論や実践の共有、また西洋的デザインがそれぞれの文化圏においてどのように解釈されるかという批評の視点が求められます。

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次回は、これらの経験を踏まえて、DLR / デザインリサーチの政策への活用の可能性について書きたいと思います。

お読みいただきありがとうございました!


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