004話 再会
そこで目の当たりにした光景に、驚きを隠せなかった!
ザッと見渡す限り、ホールに居る数十人の患者らの姿が、丸で『進撃の巨◯』と言う漫画に出てくる、ニヤけた口がだらしなく開きっぱなしの巨人の容姿とかにソックリなのだ。
けれど、そんな患者らに対しても面白味を感じる裕司だった。
取り敢えず場馴れしたい裕司は、ココの病棟に存在する看護師や患者らの名前を手当たり次第に訊いて周り、名前と簡単な死因…ぃゃ、特徴を『デスノー◯』って漫画の様に綴っていく。
そうやって時をやり過ごしていたら、不意に外へ通じる出入口の扉窓の方に目が移った。
向こう側、10m位先にも病棟が有って、扉の上に『2階北病棟』と記されていた。
・・・ん? 2階、北。……あ? あァッ、2北病棟ってサオリの移動先の病棟じゃん? …って事は、こちら側からあちら側を覗き見る事が出来るってことじゃ〜ん?
裕司の躰に電流が走った。
・・・ま、待てよ待てょ〜。……って事は、笑顔を見せ合ったり、手を振り合ったりくらいは許されるって事かぁ?
裕司はしめしめと目論んだ。
・・・素晴らしい。主治医はちゃ〜んと2人の愛の存在に気付いていて、ほんの少〜しだけになるけど精一杯の配慮をして下さったんだねっ?
しかしながら、裕司の心が感謝の気持ちで溢れている間には、サオリの姿を発見する事が出来ず焦り苛立ち始めた。
かと言って、ずっとずっとその扉の前に居続ける行為は看護師の目に不審に映ってしまいそうなので、時間を空けてチラッチラッと確認するくらいにしてみた。
・・・中々、居なぁ〜ぃ。…そりゃそ〜だょね? サオリの都合も有るし、タイミングも有るし…、そもそも約束した訳でも無いしなぁ。
そう簡単には、覗き逢えない事は薄々分かっているけど、期待感が胸をプクゥ〜ッと膨らませ、脱力感が胸をギュッと締め付けてる。
・・・苦しい。…けど、楽しぃ。
このドキドキ感のお陰で生きてる実感が湧く。
・・・いつ出逢えるかっ? いつ看護師に注意されるかっ?
こういう刺激とかも『薬物依存症』である裕司は大好物なんだ。
転棟1日目の夜
・・・サオリは向かい合わせの病棟が、裕司の居る病棟だという事に気付いていないんだょ。
そういう結論だと自分に何とか言い聞かせて、新しい寝床で孤独に眠ろうとしてみた。
・・・きっと……、サオリも孤独を感じているだろぉ〜なぁ?
辛い想いで滅入ってきた。
・・・あの時、一緒のベッドに入ってなければ、こ〜んな苦しみを2人とも味合わずに済んだのかもねっ?
後悔の念に苛まれて、この日の夜は凄く寝付き難かった。
転棟3日目
・・・もう逢えなぃ。
諦めの感情に支配されていたけれど、多分ほんの僅かに期待感は残っていて、何かのついで程度に自然と扉の方を眺める癖が付いていた。
そして、ついにその時が来た!?
突然だし、前触れなんて微塵も無く……。でも兎に角、確かに、向こうの扉窓でサオリが小さく独りで微笑んでいる!
裕司はそれこそ、異常な程に興奮した。
ここでこの例えを出すのもイカれているけど
・・・丸で大麻を使用してキマッた時の感覚にも匹敵しそうな勢いで、全身に鳥肌が立ち、血圧が急上昇していたに違いなぃ。
自分では、あまり信じていなかった『奇跡』と言うものを、この時まさに体感した瞬間だった。
・・・今日は七夕じゃなく、ひな祭りなのにぃ?
お互いの病棟の間には、ちょっとした小広場が有る為、声など全く届かない。それで初めのうちは、身振り手振りのやり取りをしていた。
・・・ジェスチャー? 手話ぁ? これからの為に覚えよっかなっ?
なんて考えが過ったけど、次第にまどろっこしさを感じ、紙に書いた文字を見せ合えば、心の伝達が出来る事を閃いた。
けれど……
・・・ボールペンの字って、細いのねぇ? 文字を太くしよ〜!
ペンを何往復もして、メッチャ疲れながら1枚1枚の紙に書いた文字は『大スキ♡』『いごこちは?』『友だちできた?』等の短い言葉だった。
たったそれだけを伝えられただけでも、とても心地良い気分になれた。
『友だちできた?』に対して、1人の背の高い男を連れて来たサオリは、扉窓越しなのに紹介してくれた。
・・・何だ!? その背が高い、角刈りでパンチパーマの様な癖っ毛野郎はぁ?
サオリは急に、両腕を大きく広げ、ギュッと閉じる動きを何度もしてきた。
・・・はぁ? 何やってんだぁ?
裕司は素早く思考を回転させる。
・・・あ! あぁ、ハグねっ?
理解が出来て、凄く嬉しくなった。
サオリの隣にまだ居やがる角パン野郎も、サオリを真似て同じ様に、両腕を広げて閉じるの動きをしだす。
・・・かなりムカつく! …嫉妬するぅ〜。そいつ誰だよっ!!
裕司は怒りを露にしてしまった。しかし、扉窓越しには気付かれていない様だった。
裕司は対抗心なのか「角パン野郎よりサオリを想っているのは自分だぁ」って意味合いを込め、恥ずかしさもかなり強いのに
・・・サオリと同じ想いだょ♡
そう伝えたくて、両腕をちょこっとだけ広げてギュッと閉じた。
・・・な、何これっ! …ちょ、超恥ずかしぃ〜。
サオリがとても笑顔になった様に観えた。
扉窓越しにサオリと出逢えた事で、まだまだ、サオリとの関係を維持できると確信した。
こんなに嬉しく、幸せな気持ちにさせてくれるサオリの事を、愛おしいと思った。
この日、看護師やらの監視を掻い潜って、朝も昼もタも夜も扉窓越しに互いの想いを何度も何度も交換して、2人は2人だけの秘密の時間を楽しんで過ごした。
・・・僕は、文字中毒なんじゃないかっ?
自分で疑ってしまう程、想いを文字で表す事が大好きな様で、扉窓越しに短い文字を見せ合うだけでは全く飽き足らず
・・・何とか長ぁ〜い文章を、手紙か何かで渡せないもんかなぁ?
そんな考えを巡らせてみた。
・・・まず、扉の開閉時は常に看護師が付いているし、両方の病棟の扉を同時に開ける時も有るには有るけど、それは食事で配膳機の出し入れする時に限るしぃ?
・・・肌に触れ合う事なんて、現実離れな願いなんだよなぁ〜。ど〜したもんかっ……?
鬱々と悩みながら扉を眺めていると、ある一点に目が止まった。
・・・穴?
扉のノブ、その下辺りに穴が開いている。縦3cmで横1cm位の長方形型の穴。何の目的で作られているのか見当も付かないけど、なぜだか、貫通している穴が有るのだ。
言うなれば、神の肛門!
・・・ふふっ。…ソコに折り曲げた紙を通せるんじゃないのかっ?
自分が発見した事に自惚れ
・・・ふっ。この世は、やっぱり僕の為にある。
阿保な考え方をする悪い癖が、また出てきてしまった。
初! 穴通しチャンス到来!
それは裕司の病棟のみがOT(作業療法)の時だった。OT参加者の確認だったりで、一時的に2南病棟と2北病棟の間に挟まれた小広場で、30人くらいの患者達は待機状態にさせられる。
数分間の、神の居眠りタァ〜イム!
そのタイミングは、向かい側のサオリの居る病棟扉は閉ざされたまま
・・・だが、私は知っている。そこに神の肛門が有る事を。…思えば長かったぁ〜。この日までに書き溜めたB5サイズの5枚で10ページもの想いが込もった手紙達、いざ、行ってらっしゃ〜
・・・ん? は、入り切らん。つ、詰まってるぅ?
焦りながら何度も押し込むが、尚更、入っていかない。扉の向こうに居るサオリも、裕司が何をしようとしているか気付き、心配そうに穴と裕司を交互に見つめている。
・・・これ以上、ゴソゴソしてると、折角、患者の介助などをしている看護師や、人員確認している作業療法士らに気付かれてしまぅ〜。
冷静な判断が頭を駆け巡り、断腸の思いだけど両腕でXを作る。
サオリに中止を伝えた。
今日のOT時間中の裕司は、麻雀の卓に座り、手を動かしてはいるのに『手紙 渡しならず』の大失態な結果に思考回路はパンッパンだった。
裕司は『凡人より優秀だ』と思い込んでる節が有り、ミスと言うのを酷く嫌うのだ。
・・・他人に対しても、……自分に対してもっ。
・・・今回のミスは有り得なぃ。考えりゃ分かるじゃん? 重ねて折り曲げてるから、分厚くなり過ぎたんだょ。何を急いで一気に入れようとしてんのさ。けれど、気持ちは分からなくもないょ。
・・・やぁ〜っと大好きな人に想いを綴った紙を渡せて、読んでもらえるんだもの。……嬉しいよなぁ〜? テンション上がるよなぁ〜?
・・・が、しかし、…本当にラッキーだったょ。もし、あのモタモタした様子を見咎められでもしたら、即アウト! 現行犯だからね。引き際を察すれて、そこは褒めてやるょ。
裕司は、自分で自分の事を叱咤激励していた。
翌日の火曜日
再度、挑戦してみる!
・・・今度は1枚ずつ差し込んでみよ〜。
難無く、成功。 大・成・功!!
更に、サオリからの手紙も受け取れ、とうとうこの『鬱』になりそうな閉鎖病棟で一筋の希望を掴み取れた気分になった。
・・・これでサオリと裕司は、もっと親密な関係が築けるかもしれないし、サオリの精神も、裕司が保つ事が出来るぞっ!
裕司は、正義感一杯に意気込んだりしていた。
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