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「会社」には一体何があるのだろうか

川内有緒さんの「パリの国連で、夢を食う。」の文庫版解説

夢を叶えた先にあるもの
https://note.mu/ha_chu/n/n3a3e670b87be

に続いて、同じ幻冬舎文庫さんの「ハタラクオトメ」文庫版解説文を出版社に許可を得て掲載させていただきます。
(noteの体裁に合わせて適宜改行など調整しています)

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 会社員になると、自分が生きている世界の全てが会社に覆い尽くされます。もちろん、そうではない働き方もあるのでしょうが、実際、家族と家で過ごすよりも、会社で仕事をしている時間のほうが長いという人が大半ではないでしょうか。そんなふうに、人生を(あるいは命をと言い換えていいかもしれません)注ぎ込む会社には、一体何があるのかと改めて考えると、大したものは何もないのです。

 あるのは、毎日変わらないルーティン。スマホを見ながらぎゅうぎゅうの満員電車に乗って出社して、眠い目をこすりながらメールチェックをしているうちに、気付けばお昼。同僚を誘ってランチに行って、代わり映えしないメンバーで変わらない日常の報告をしあい、席に戻って、打ち合わせ、資料作成、メール返信、クライアント訪問などなど、その日の予定に追われ、気付けば夜。適当なところで無理やり業務を締めて、飲み会や合コンに参加し、あるいは自宅でテレビを見ながらご飯を食べて、就寝し、翌日に備える。
 ……これは私がイメージする「ザ・会社員の一日」ですが、会社員読者の方の日常とそう大差はないはず。毎日規則正しくこの生活を繰り返していく中で、誰もが一度は同じような疑問に葛藤するはずです。
 
「私の人生ってこれでいいんだっけ?」
「この生活の先に何があるんだろう?」
「本当にこれが私のやりたいことなのだろうか?」
 
 自問自答しながらも、人生に「いったん休み」は存在しないから、昨日の続きの今日を送ることになる。けれど、そのなんでもない毎日を他人の目で見た瞬間に、ひとつひとつの出来事は、自分の人生においての大事な気付きや成長をくれるタネになっていることがわかります。目の前の一日は、まぎれもなく自分の人生であり、一日だって同じ日は無い。本書は、エンターテイメント小説の体をなしながら、そんなメッセージを読者に届けてくれるように思います。
 
 部署を超えて「女性だけのプロジェクト」に抜擢されたものの、男社会の見えないルールにふりまわされ、やる気がそがれていく主人公・北島真也子、通称「ごっつぁん」。最初は嫌々ではあったものの、リーダーとしての自覚が次第に芽生え、主体的に動くこと、そしてあきらめずに粘ることによって、仕事の面白味にどんどん気付いていく彼女の姿は、大志もないまま周りに流されて会社に入り、なんとなく会社員のフリをしていた新入社員時代の私自身と何度も重なりました。会社員時代はそれこそ毎日、「会社員ってこういうものなのかしら?」と自分の肩書きに合う働き方を探り、その中でゆっくりと時間をかけて、仕事の楽しさに気付けたように思います。
 
 私は、広告会社とIT系ベンチャー企業という一見対極にも思える二社で、合計約6年の会社員生活を送りました。就職活動中は会社に入ることは、一人前の大人になるための通過儀礼であり、会社員の世界は、学校とはかけ離れた全くの別世界だと思っていたのです。けれど、実際に会社員になってからは、会社は学校の延長にしか過ぎないのではないかと思うようになりました。
 まだ新入社員の頃は、会社があまりにも学校に似ていて、感動さえしたのです。社員研修は大学の講義と同じような感じだったし、頻繁に行われる勉強会や各種行事に関しては、大学時代以上に積極的な参加が求められたし、お得意へのプレゼン準備は、ゼミ発表の準備を彷彿させ、雑談だって、しようと思えばし放題。「学生以上に、学生っぽい生活かもしれない……」なんてことを思う毎日はまさに「会社員のフリ」でした。
 大学時代との一番の差は、全ての活動にお給料が発生していることです。それまでは大学に安くない授業料を払ってまでいろいろな体験を買っていたのに対し、会社では全ての活動に対して、お金を払ってもらえるのです。
 喫煙者の先輩は、雑談しながらタバコを吸っている時間もお給料が発生している。おなかの弱い先輩は、毎朝20分必ずトイレにこもっていたけれど、その時間もお給料が発生している。私も私で、「企画のため」などと言いながら、アイディアに詰まるとネット上の面白コンテンツをひたすら見続けましたが、その時間にもお給料は発生している。学生時代に経験したアルバイトのほうが、よっぽど仕事っぽい仕事だったかもしれません。
 私が新卒で入社した会社は自由度の高い広告会社でしたが、読者の方の中には、もっともっと厳格に仕事とプライベートの切り分けが求められる仕事に就いている方もいるかもしれません。私の場合は会社員時代に、「どこからどこまでを仕事と呼べるのだろう?」という問いに答えが出ることは、ついにありませんでした。
 転職後は、申告制の時間給だったそれまでとは違い、年俸制になったので、決まったお給料の中で、仕事と自分の時間との間に、一体どう境界線を引いてよいのか、ますます悩みました。そして社内での自分の見え方や、同僚との立場の違いも気になり、時にはそれが体調不良の原因にもなりました。
 大学時代は教授に提出物を必ずチェックしてもらえましたが、仕事の熱量や質に関しては個人の裁量に任されています。だからこそ楽しくもあるけれど、個々の格差は少なからず、人間関係の問題に発展します。そして本書の中で、勤続5年にもなるごっつぁんも、例外なくその問題にぶちあたっていました。
 
「社会人になって知ったことがある。会社の中は学生時代の何百倍も濃い人間関係があって、ぐちゃんぐちゃんな世界だということ。うちの会社が特別なのかと思って、友人に尋ねてみたが、どこにでも人間関係と仕事が複雑に絡み合う世界はあるようだった。」
 
「タイムカードを押した後は、それぞれが自由に使える時間だと思うの。人生まで会社に売り渡したわけじゃないから。仕事と私生活はきっちり分けたいと考える人も、チームにはいるってこと、ごっつぁんには伝えておこうと思って」
 
 ごっつぁんはどこにでもいるような、普通のOLです。ただひとつ、100キロの巨体を抱え、自ら「ごっつぁんと呼んでください」とデブキャラを受け入れる、鉄のハートの持ち主であること以外は。デブであることをコンプレックスとせず、個性として強みに出来る女性というのは、そうそういないように思います。ところがごっつぁんは、「苛められる原因だったデブを、個性だってことにして前面に出し」「弱味は強味にもなるって、逆転の発想」をしたことで、人生が大逆転。そしてその逆転発想が仕事にも生き、時には周りの人間を救う前向きな言葉へと姿を変えているのです。
 
 従業員を叱ってしまい落ち込む友人には、「どんなに注意して接していたって、去って行く人は、去って行くんだから」。
 
 社内で孤立していることを内心気にしている先輩には、「頑張ってる人を見てるのって、好きなんですよ。なんか、勇気をもらえる気がして。だから、絵里先輩を見てるの、ずっと好きだったんですよねぇ。前に、会社を愛せないって言ってましたけど、今もですか? 会社を愛せなくても構わないですけど、絵里先輩自身のことは愛してあげて欲しいです」。
 
 実は著者は、ごっつぁんの言葉を借りて、様々な境遇の女性を励まそうとしているのかもしれません。ただこれほどまでに前向きな発言が出来るごっつぁんほどの、ユニークなキャラクターでさえも、会社員特有の悩みからは解放されないのです。男社会の見栄、メンツ、根回し、派閥争いに翻弄され、彼女が「仕事とは? 会社とは?」をひとつひとつ、考え、乗り越えていく過程には、誰もが等しく共感するのではないでしょうか。
 ごっつぁん以外の登場人物も、身近に思えるナイスキャラばかりで、彼らのセリフの中に、自分を見出すことも多々ありました。どんな立場の人物にも、感情移入が出来、誰も憎めなくなるからなおさらに「会社って、本当に何なの?」という謎は深まるのですが、その疑問への答えは読者が自ら導く必要があるのでしょう。
 
 冒頭でも書いたとおり、会社員生活は大したことのない生活です。けれど、本書を読み終えた後は、その大したことのない部分こそが、人生の屋台骨といってもいい要素であり、そこに喜びや愛おしさを見出すことこそが人生ではないかと思えてきます。また同時に、自分だけが大変、自分の会社だけが特別だと思いがちな悩みは、実は多くの人に共通している悩みであることを再確認します。

 「どうして男は」「どうして会社は」というのは、どんな女性も直面するテーマであること、そして男性も同じように「どうして女は」「どうして会社は」を抱えており、みんながみんな、それぞれの人生を一生懸命生きているからこそ、こういった悩みも出てくるのだと理解出来るのではないでしょうか。
 

 最後のページを読み終える頃には、どんな立場の人も愛おしく思えてきますが、この、自分以外の人への愛おしさを現実世界でも感じられるようになると、会社でのストレスは緩和されるはず。そして、繰り返される日常は変わらなくても、自分次第で状況は変わるのだという気付きを得て、変えてみようという活力が湧いてくるはずです。

はあちゅう(ブロガー・作家)

桂 望実 「ハタラクオトメ」




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