ライトノベルの賞に応募する(31)
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僕は夕食を部屋で食べるように言われ、部屋に戻ると勉強机に夕食が用意してあった。僕はまだ涙が止まらなかった。一応食べては見たものの味がしなかった。鼻水をすすりながら、一口一口必死で食べた。食べなきゃ僕が負けな気がした。
僕が必死で食事していると、部屋がノックされた。僕は慌てて服の袖で涙と鼻水をぬぐった。
「おーい。ギター持ってきたぞ!」
湯川さんだった。
「聞いたぞ、なんか倉庫でトラブルがあったんだって?」
僕は服の袖で何とか涙をぬぐって、泣いていたことを隠そうとした。
「どうしたんだ? 何があった?」
湯川さんは昨日とほとんど同じテンションで、他のオトナとは違って特別に優しさを見せるわけでもなかった。
「今日、僕一人でサッカーの練習してて…。それが気に入らなかったみたいで、片付けしようと思って倉庫に入ったら待ち伏せされてたんです。」
「…うん。」
「一昨日の夜、大富豪に誘われて、僕初めてだったから負け続けたんです。」
涙は隠しきれなかった。
「昨日の夜も誘われて、僕もう攻略法わかったから、勝ち続けたんですけど、お風呂で抜けて、そのまま戻らないで寝るって言ったんです。」
「…うん。」
「昨日、午前中にサッカーに誘われて、一緒にやったけど正直全員へたくそで…。練習にならないから今日はもう一人でやるって言って、今日は一緒にやらなかったんです。そういうのも、全部気に食わなかったみたいで…。」
「…うん。」
「僕、セレクション受けるから、遊びでサッカーやってるんじゃなくて…。ここにいる間にサッカーへたくそになって、セレクション落ちると思ったら怖くて…。」
「…うん。」
「せっかくセレクションに選ばれたのに、こんなところに連れて来られて、本当にセレクション受けられるのかもわからないし…。なんで僕ばっかりこんな目に合わなきゃいけないんだって思ったら、悔しくて…。」
「…うん。」
湯川さんはほとんど何も喋らない。
「家に帰っても何も問題ないのに、僕は何でここに居なくちゃいけないんですか?」
「…うん。なんでここに居なくちゃいけないか…。」
「だってそうでしょ? 僕今までだって自分でやって来たし、帰っても何も困らずに生活できるのに、なんでこんなところにいつまでも居なきゃいけないんですか?」
「…うん。」
湯川さんは二つあるギターのケースを床に置き、そこに座った。
僕も椅子から降りて、湯川さんの前に腰を降ろした。
「死ね! とか、バカ! とか、学校で言う人が居ないわけじゃないけど、ここの人たちは平気でそういう言葉を繰り返すし、そういうのも嫌だし。」
湯川さんは黙って黒いケースをあけてギターを出した。
一本ずつ弦を鳴らして、ねじみたいなものを巻き調整している。
「…うん。」
「ミワとだってほとんど一緒に居れないし、ここに居たってやることなんかないし…。」
「…うん。」
湯川さんはギターを触りながら返事だけする。
「昨日見せられたアニーだって、僕の事かわいそうな子だって言われてるみたいで、悔しかったし、僕はそんなかわいそうな子じゃないです…。」
「…うん。」
湯川さんは僕の方を見ないで、ギターを触りながら返事だけする。
「お父さんだって、元々そんな悪い人じゃないし、お母さんだって、仕事頑張って僕たちの生活のためのお金稼いできてくれてるし、おばあちゃんだってちゃんと優しく送り出してくれたし…。家族がバラバラになるみたいで怖いんです。」
「…うん。」
「僕は確かに小5の11歳だけど、僕生活に困ってないし、元の家に戻りたいです。」
「…うん。」
「学校にだって行きたいし。別に学校がすごく好きなわけじゃなかったけど、行けないとなると…。」
「…うん。」
本当に聞いているのか、聞いていないのかわからない湯川さんの反応は僕に余計に喋らせる気がする。
「お母さんと、お父さんと、おばあちゃんは、今どうしてるんですか? 誰も何も教えてくれないし…。」
「…うん。」
「それで、僕は僕の事大事に生活しろって…、僕は家に帰れればいつも通りにできるんですよ!」
「…うん。あのね、」
湯川さんがやっと口を開いた。
「人間思う通りになることの方が少ない。君が11歳の子供だからってわけじゃない。オトナになってからだって、思う通りになんかできないし、ならない…。」
「…。」
今度は僕が話を聞く番だ。
「人間がこれだけいて、全員が自分の思う通りになってごらん? 社会が成り立つわけないだろ?」
「…。」
「思い通りになってるって、俺から見たら思う奴だって、本人からしてみたらそんなこと望んでないって思ってるかもしれない。」
「…。」
「自分は全部が思い通りになってるっていう奴が居たら、そいつは大嘘つきか、頭のねじがどこか飛んでる。」
「…。」
「…僕はそういう時にギターを弾いて来たよ。」
そう言うと湯川さんは、ギターを弾き始めた。
「自分の 幸せ願うこと わがままではないでしょ
それなら あなたを 抱き寄せたい
できるだけ ぎゅっと
私の涙が乾くころ あの子が泣いてるよ
このまま 僕らの 地面は乾かない
あなたの 幸せねがうこと わがままではないでしょ
それなら あなたを 抱き寄せたい できるだけ ぎゅっと
誰かの 願いが叶うころ あの子が泣いてるよ
みんなの願いは 同時には 叶わない
小さな地球が回るほど 優しさが身に付くよ
もう一度 あなたを抱きしめたい できるだけそっと」
低い声でそう優しく歌った。
「この曲知ってる?」
「…知りません。」
「宇多田ヒカルは知ってる?」
「…はい。」
「宇多田ヒカルの曲だよ。」
「…。」
「音楽っていうのは、こういう時に程、役に立つと思うな。」
「…。」
「ほら、ギター弾きたいって言ってたじゃん。」
そう言って湯川さんはそのギターを僕に渡した。
「ここにいる間にステイゴールドマスターするんだろ?」
「…。」
僕はギターを受け取った。
「君はここに長く居ないつもりないんだろ?」
「…はい。」
「じゃあ忙しいよ。僕の指導は厳しいけどついてこれる?」
「…。」
湯川さんはもう一つのギターケースを開けて、さっきと同じく調整を始めた。
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