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【検証・コロナ禍】軽症の入院患者が医療逼迫の要因になっていないか

 連日、新型コロナウイルスの感染者数、入院患者数が急増していると発表、報道される中、厚生労働省や各自治体などのデータをチェックしていて、気づいたことがある。「軽症の入院患者が医療逼迫の要因になっている」可能性だ。「入院対象は原則として中等症以上」との方針が繰り返し示されているにもかかわらず、入院患者の大半が軽症だとする調査結果もある。

愛知と神奈川のデータを見比べて気づいたこと

 まず、このデータを見ていただきたい。
 愛知県の陽性者データ(1月10日現在)である。

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愛知県ホームページより)

 入院患者692人のうち、重症48人、中等症229人、軽症・無症状415人となっており、入院患者の7割超を「軽症・無症状」が占めている
 入院調整・施設入所・自宅療養・調整の合計2596人を含め、軽症・無症状者のうち13.8%が入院していることになる。

 次に見てもらいたいのは、神奈川県のデータ(1月10日現在)である。

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神奈川県新型コロナウイルス感染症対策サイト(公式)より)

 入院患者794人のうち、重症93人、中等症646人、軽症・無症状55人となっている。
 「軽症・無症状」が入院患者の1割に満たず、9割以上が「中等症以上」である
 自宅・宿泊療養の計4403人を含めた「軽症・無症状者」のうち、入院しているのはわずか1.2%である

 ところで、人口規模は、愛知県(755万)より神奈川県(920万)の方がやや多い。
 医療提供体制をみると、愛知は1,102床(うち重症用103)、神奈川は1,939床(うち重症者用200)である(1月5日現在、厚労省まとめ)。
 単純計算して、病床使用率は、愛知が63%、神奈川が41%である。
 中等症以上の患者が愛知(272人)より神奈川(739人)の方が圧倒的に多いのに、愛知の方が病床の逼迫度が断然高い。
 両者を比べれば、愛知は軽症・無症状の入院患者が多いことが病床逼迫の要因であることは、間違いないのではないか。

 実は、このように、入院患者の構成を「軽症」「中等症」「重症」に区別して公表している自治体は、圧倒的に少ない(現時点で他に確認できたのは、沖縄県熊本県福岡県奈良県茨城県
 ほとんどが「軽症・中等症」と「重症」に2分して公表している。

 次に示すのは、圧倒的に感染者・入院患者が多い東京都のデータ(1月10日現在)だ。
 いったい、このうち何人が「中等症」で、何人が「軽症・無症状」なのだろうか。

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東京都新型コロナウイルス感染症対策サイトより) 

「軽症・無症状は原則療養」の方針

 現在、政府は、新型コロナ感染者の入院対象を原則として「中等症」以上とし、軽症・無症状は(ホテル等の)宿泊療養または自宅療養とする方針をとっている。

 昨年10月、政府は政令を改正して、主に次の4つのカテゴリーに相当する感染者を入院勧告の対象と定めた(Q&Aも参照)。

 ①65歳以上
 ②呼吸器疾患、心臓疾患、糖尿病など、いわゆる基礎疾患あり
 ③妊婦
 ④重度または中等症

 逆に言えば、65歳未満で、かつ、軽症以下の感染者は、基礎疾患がある人と妊婦を除き、入院対象外(宿泊・自宅療養)とされたのである。

方針が最初に示されたのは3月

 しかし、この「軽症は原則療養」の方針は、10月から示されたのではない。
 安倍晋三前総理が8月28日の退任時にも表明していた。

新型コロナウイルス感染症については、感染症法上、結核やSARS(重症急性呼吸器症候群)、MERS(中東呼吸器症候群)といった2類感染症以上の扱いをしてまいりました。これまでの知見を踏まえ、今後は政令改正を含め、運用を見直します。軽症者や無症状者は宿泊施設や自宅での療養を徹底し、保健所や医療機関の負担軽減を図ってまいります。(安倍晋三総理大臣記者会見、2020年8月28日

 この「徹底」という言葉は、既に示されていた方針が「徹底されていない」現状を示唆している。
 では、いつからこの方針が示されたのか、遡ってみると、なんと、第1波が本格化する前、1回目の緊急事態宣言の1ヶ月以上前の3月1日付厚労省通達であった。

高齢者や基礎疾患を有する方、免疫抑制剤や抗がん剤等を用いている方、
妊産婦以外の者で、症状がない又は医学的に症状が軽い方には、PCR 等検査
陽性であっても、自宅での安静・療養を原則とする
厚労省通達

 ここには「自宅での安静・療養」と記されているが、厚労省は3月26日の通達で宿泊施設(ホテル等)の療養も選択肢に加えた
 4月2日、改めて「軽症は自宅・宿泊療養が原則」との通達とともに、宿泊療養マニュアルも作成・配布された。
 安倍首相が緊急事態宣言発出の方針を表明する数日前のことで、東京都が軽症者用ホテルを借り上げを始めたのはこの頃だ(最初の事例)。
 第1波の収束後の6月にも、改めて今後の増加をみすえて、軽症者等を宿泊療養とする方針が通知されていた

医療向けマニュアルも「中等症以上は入院」

 ここで、一般の報道ではほとんど出てこない「中等症」について、説明しておこう。
 日本では、新型コロナの感染者の症状は「重症」「中等症」「軽症」「無症状」に分類されている。
 重症か軽症か、の二分法ではなく、その中間に「中等症」というカテゴリーがあるのである(厳密には、中等症も、重症に近い「呼吸不全あり」と、軽症に近い「呼吸不全なし」の2タイプに分けられる)。

 こうした分類基準が確立したのは、調べた限り、昨年5月中旬からで、現在も同じだ。

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新型コロナウイルス感染症診療の手引き・第2版 2020年5月18日発行。最新は第4.1版

 軽症は「リスク因子のある患者は入院とする」(裏を返せば、リスク因子のない患者は入院としない)、中等症は「入院の上経過観察とする」とある。
 療養対象となる「軽症」と入院対象となる「中等症」の違いは、酸素飽和度が96%未満かどうか、息切れ・肺炎所見があるかどうか、である。
 このように、遅くとも5月中旬から、医療従事者にも「中等症以上は入院とし、軽症はリスク因子があれば入院とするが、それ以外は入院としない」というルールが示されていたことがわかる。
 中等症患者の重症化を抑えることが、重症病床の逼迫を抑え、ひいては死亡者を少なくすることにつながるから、「中等症以上の入院」という考え方は妥当であろう。
 こういった方針については、新型コロナ患者の治療の第一線から精力的な情報発信を続けている忽那賢志医師も「最大のメリットは医療機関の負担が減ること」と評価している(2020年9月5日、Yahoo!ニュース個人)。
 宿泊・自宅療養中の軽症者が急変して死亡するケースも稀に見られ、極力そうした事態も避けるべきであるが、リスクの高い軽症者の入院を受け入れる余力を残すためにも、リスクの低い軽症者・無症状者の療養を徹底した方がいいことは明らかであろう。

依然として入院患者の大半が軽症者か

 ところが、先ほどの愛知県の例を見たように、軽症・無症状者が入院患者の大半を占める現状が続いていると見られるのである。
 東京都を含め大半の自治体で、軽症が入院患者のどれくらいを占めているかのデータは公表されていないが、次のいくつかの傍証から、そのように推測できる。

(1)「入院患者の7割が軽症」という調査結果
 病院経営などのコンサルティングを行うグローバルヘルスコンサルティング・ジャパンが全国にある急性期病院の実態を調査したところ、新型コロナの入院患者のうち70%が軽症者だったことが明らかになった(調査対象:2020年10〜11月、203病院、1871の新型コロナ症例)。
 これは、2020年2〜9月の調査結果(軽症72.9%、中等症21.8%、重症・超重症5.3%)とほとんど変わらなかったという。

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「新型コロナ、第3波でも入院患者の7割が軽症者」2020年12月25日プレスリリース

(2)公立病院の調査結果でも6割が軽症者
 自治体が運営する公立病院(自治体病院)も、入院患者の6割強が軽症であったとの調査結果が出ている(全国自治体協議会、2020年12月24日発表・16頁参照。調査対象:2020年10月まで、227病院)。

【全国自治体病院における感染症重症度別入院患者数】
・軽症:6765例(61.6%)
・中等症:3582例(32.6%)
・重症・死亡:632例(5.6%)
(症状不明を除き、10979症例)

(3)再三の徹底を求める通達
 先ほど昨年3月以降、「軽症以下は療養」という指針を厚労省が示し、10月に政令改正が行われたことに触れた。
 しかし、感染者が急増して「第3波」の危機と言われ始めた11月中旬、厚労省は各自治体に向けて、11月13日11月22日と再三にわたり再周知の通達を出している。
 「軽症以下は療養」の方針が徹底されているなら、このようなものを出す必要はなかろう。

東京都「中等症・軽症それぞれの人数は把握していない」

 東京都は1月10日現在、入院患者3239人、うち重症者128人だ(東京都発表資料)。
 重症者を除く3111人の入院患者のうち中等症は何人で、軽症は何人なのだろうか。
 東京都福祉保健局感染症対策部のデータを取り扱う担当部署に確認したところ、「中等症・軽症の合計のみ報告を受けており、それぞれの人数は把握していない」とのことだった。
 厚労省にも問い合わせたが、同様の答えだった。
 神奈川県や愛知県のように独自に発表している一部自治体を除き、「中等症」と「軽症」の入院患者数は把握できていないのだ。

 データがない以上、推定計算を試みるしかない。
 前述した(1)(2)の病院調査からは、中等症患者は、重症者の4〜6倍程度である。
 軽症・中等症の入院患者数を区別して発表している自治体(沖縄県熊本県福岡県神奈川県愛知県茨城県)をみると、中等症者は、重症者の2.5〜11倍程度である。
 こうしたデータを元に推計すると、東京都の中等症患者は多めに見積もっても900〜1400人程度で、残り1700〜2200人程度の軽症の入院患者ではないだろうか。

 「軽症者は原則療養」の方針がきちんと徹底されていれば、入院患者はもっと少なく抑えられ、現在言われている「医療崩壊」が急激に差し迫るような事態、それゆえに多くの国民に強い自粛を要請する事態には至っていなかったのではないか
 今からでも遅くない、政府・自治体は、入院患者の内訳を詳細に調べるべきではないだろうか。 

追記

※福岡県、沖縄県も中等症入院患者を発表していたので追記しました。現時点で中等症入院患者を発表しているのは47都道府県中、6県のみとみられます。(2021/1/13)

<関連記事>
【検証・コロナ禍】入院要否を左右する「中等症」の基準を政府は定めていない(2021/1/14)

(本件に関する情報提供をお待ちしております。メールアドレス → hyanai(アットマーク)infact.press)

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