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【検証コロナ禍】自民党改憲案の緊急事態条項にも国会承認を明記 改正特措法は国会関与なく規制権限拡大も

 コロナ禍に迅速に対応するという名目で実質2日間のスピード審議で成立し、2月13日に施行される新型インフルエンザ等対策特別措置法改正案(以下、改正特措法)。緊急事態だけでなく、緊急事態前でも、知事による権利制限を可能とする規定が盛り込まれ、その内容を、国会が関与しない政令で決められるようになっている。
 緊急時に政令による権利制限を行う際に国会承認を義務づけていた自民党憲法改正案と比較してみると、その異常さが浮き彫りとなる。政府に国民の権利制限の内容を委任してしまう法律というのは、これまでに無かったのではないか。

自民改憲案では緊急事態宣言の発動、政令の制定いずれも国会の承認を明文化

 まず、自民党の憲法改正草案(2012年4月発表)を見てみよう。
 戦争や大規模自然災害を想定した「緊急事態条項」は、「緊急事態宣言を発するとき」と「政令を制定するとき」の両方に、国会の承認決議を明記していた

(緊急事態の宣言)
第九十八条
 内閣総理大臣は、我が国に対する外部からの武力攻撃、内乱等による社会秩序の混乱、地震等による大規模な自然災害その他の法律で定める緊急事態において、特に必要があると認めるときは、法律の定めるところにより、閣議にかけて、緊急事態の宣言を発することができる。
2 緊急事態の宣言は、法律の定めるところにより、事前又は事後に国会の承認を得なければならない

 しかも、国会の不承認決議、もしくは解除決議があれば、政府に緊急事態宣言を解除すべき憲法上の義務が発生すること、緊急事態宣言を100日を超えて継続するときは、その都度、国会の承認が必要となることも盛り込まれていた。

3 内閣総理大臣は、前項の場合において不承認の議決があったとき、国会が緊急事態の宣言を解除すべき旨を議決したとき、又は事態の推移により当該宣言を継続する必要がないと認めるときは、法律の定めるところにより、閣議にかけて、当該宣言を速やかに解除しなければならない。また、百日を超えて緊急事態の宣言を継続しようとするときは、百日を超えるごとに、事前に国会の承認を得なければならない。

 緊急事態宣言の発令時には、政府に政令を制定できる権限(いわゆる緊急政令)、内閣総理大臣は財政上必要な支出その他処分を行う権限が与えられるが、いずれも事後に「国会の承認」が必要とされていた

(緊急事態の宣言の効果)
第九十九条
緊急事態の宣言が発せられたときは、法律の定めるところにより、内閣は法律と同一の効力を有する政令を制定することができるほか、内閣総理大臣は財政上必要な支出その他の処分を行い、地方自治体の長に対して必要な指示をすることができる。
2 前項の政令の制定及び処分については、法律の定めるところにより、事後に国会の承認を得なければならない

 緊急政令について国会の承認が得られなかった場合の規定はないが、Q&Aは「緊急政令は、承認が得られなければ直ちに廃止しなければなりません」と解説している。
 こうしてみると、自民党の改憲案は、緊急時の人権制約を伴う政令(緊急政令)は、憲法上の「緊急事態宣言」によって初めて認められるもので、しかも、国会の承認なくして緊急事態宣言も緊急政令も続けられないという考え方に立っていることがわかる。
 裏を返せば、政府が緊急事態宣言により緊急政令を制定する権能は、憲法上の根拠と国会承認なくして与えられない、という憲法理解を前提としていると考えられるのではないだろうか。

他の緊急事態法制とも比較してみると

 自民党改憲案のQ&Aでも解説されているように、現在、特措法以外にも緊急事態法制は存在する。
 災害対策基本法、国民保護法(武力攻撃事態等における国民の保護のための措置に関する法律)、原子力災害対策特別措置法である。

 災害対策基本法は、内閣総理大臣が災害緊急事態を布告したときで、不足している生活必需物資の譲渡禁止など、一定の事項について政令で措置と罰則を定めることができるとの規定がある(109条)。
 だが、政令に委任している事項は、具体的に限定列挙されている。
 しかも、あくまで「国の経済の秩序を維持し、及び公共の福祉を確保するため緊急の必要がある場合において、国会が閉会中又は衆議院が解散中であり、かつ、臨時会の召集を決定し、又は参議院の緊急集会を求めてその措置をまついとまがないときという極めて例外的な状況にのみ認められ、政令制定後直ちに国会を召集し、法制化もしくは国会承認することを求めている

政令による規制拡大リスクが残る特措法の曖昧規定

 ところが、新型コロナ対策のための改正特措法は、緊急事態宣言を発動していない時(まん延防止等緊急事態措置=ミニ緊急事態宣言)でも、政令で規制できる内容を決められる権限を政府に与え、それに関して国会の承認も国会の報告も要求していない。
 緊急事態宣言の発動の場合のみ、国会の報告が必要とされているが、「国会の承認」とは似て非なるもので、セレモニーに過ぎない
 政令に関する国会の承認・報告は必要とされていない。

 改正特措法が、自民党改憲案の「緊急政令」と同様に人権制約を可能とする規制権限を政府に与えてしまっているとすれば、憲法上の疑義が濃厚となるのではないか。
 そこで、改めて、実際の規定ぶりを確認してみよう。
 緊急事態宣言発動前(解除後)に行うことができる「まん延防止等重点措置」では、次のようになっている。

都道府県知事は、(・・・)営業時間の変更その他国民生活及び国民経済に甚大な影響を及ぼすおそれがある重点区域における新型インフルエンザ等のまん延を防止するために必要な措置として政令で定める措置を講ずるよう要請することができる。(改正特措法第31条の6第1項)
第一項の規定による要請を受けた者が正当な理由がないのに当該要請に応じないときは、都道府県知事は、国民生活及び国民経済に甚大な影響を及ぼすおそれがある重点区域における新型インフルエンザ等のまん延を防止するため特に必要があると認めるときに限り、当該者に対し、当該要請に係る措置を講ずべきことを命ずることができる。(同第3項)
第三十一条の六第三項の規定による命令に違反した場合 には、当該違反行為をした者は、三十万円以下の過料に処する。(同第80条)

 これを読み解くと、知事には次の2つの事項について、要請し、要請に従わなければ命令し、命令に違反したら過料に処する権限が与えられていることがわかる。

 (1)営業時間の変更
 (2)その他国民生活及び国民経済に甚大な影響を及ぼすおそれがある重点区域における新型インフルエンザ等のまん延を防止するために必要な措置として政令で定める措置

 問題は(2)だ。
 「まん延を防止するために必要な措置」という非常に曖昧な規定では、例えば、ある業態の事業者については、営業時間の短縮だけで感染リスクを軽減できるとは限らないから、全面休業、あるいは施設の使用禁止といった措置を政令で定め、それを要請・命令する権限を知事に与えることも、文言上は可能になってしまうのではないか。

 国会審議では「まん延を防止するために必要な措置」に休業は含まれるのかどうか不明なことから、2月1日の衆議院内閣委員会で山尾志桜里議員が問いただしたところ、西村康稔・コロナ担当相は「できない」と明言した。
 国会答弁は重みがあるとはいえ、(2)の措置の限界が明確になったわけではない。

制定予定の政令内容とは

 本日(2月6日)現在、政令はまだ制定されていないが、パブリックコメントで政府原案が出ている。
 それによると「まん延を防止するために必要な措置」に盛り込まれる内容として、次のようなものが列挙されている。

・従業員に対する検査受診の勧奨
・入場者の整理等
・発熱等の症状を呈している者の入場の禁止
・手指の消毒設備の設置
・施設の消毒等
・入場者に対するマスクの着用等の感染の防止に関する措置の周知
・当該措置を講じない者の入場の禁止

 一見して、比較的穏当なもの、感染防止策として甘受し得るものが並んでいるように見える。
 だが、どのような運用になるかは権限を行使する知事に委ねられている面もあり、未知数だ。
 例えば、マスクをしない人の入場を禁止する措置(の要請・命令)がとられた場合、それに違反した事業者が違法となる可能性がある。
 そうなると、政令で、法律で定めていない新たな罰則を作ったも同然である。
 しかも、最初の政令の内容がこうであっても、法律と異なり、いつでも書き換え可能(新たな罰則を作れる)という点にも留意しておかなければならない。

 緊急事態宣言下で、国会での実質審議わずか2日で慌ただしく成立させた特措法は、法律上明記された営業時間の変更だけでなく、その他の権利制限の内容も、国会の関与なく政府が一方的に定められる政令で定めることができるようになってしまっている。
 これは、緊急事態宣言・緊急政令に必ず国会承認を必要とすることで政府の権限に歯止めをかけていた自民党の憲法改正案の考え方ともかけ離れており、
行政府をチェックすることで権限濫用を防ぐ国会の役割を放棄していることにならないだろうか。

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