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山元町震災遺構 中浜小学校

「あの時、避難先を屋上と選択したが、それが正しかったとは言い切れない」

井上先生(当時の中浜小校長)のこの言葉はとても重い。結果としては、この校舎屋上に避難した児童・教職員・地域住民等を合わせて90名の命を、井上先生の判断(屋上への避難)とこの校舎が救った。だが、井上先生はその経験を美談としては語らず、ここに訪れる方々に自分たちの避難判断を考えるための材料として提供する道を選んだ。

そこに並ならぬ決意と使命感を感じ、その想いに応えられる展示施設にしたいと思った。あの日、この小学校におきた出来事のディテールを、多くの方々に知って欲しい。考えて欲しい。


■中浜小学校について

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山元町立中浜小学校は、宮城県の沿岸部では最も南に位置します。
2011年3月11日、大津波が迫る中、内陸の避難場所までの移動は不可能と判断し、児童・教職員・地域住民等を合わせた90名は屋上に避難。避難した屋上はギリギリの高さで津波の直撃を避けることができ、翌朝に全員が無事に救助されました。
その被災した学校校舎そのものと当時の被災者体験を教材に、未来の災害への備えを「考える場」として、2020年9月に一般公開された震災遺構施設です。

震災遺構中浜小学校の展示設計・制作は(一社)SSDが中心となり、H.simple Design はその制作チームの中で設計/制作/会場構成担当として参加し、2018年開始の基本計画段階から約3年の時間をかけて、震災遺構としての在り方やコンセプトについて丁寧に検討を重ねながら施設を整備してきました。
主に、展示空間のレイアウト、情報パネルや展示台制作、展示物のひとつである被災前の小学校全体の模型制作、校舎外部に設置した日時計モニュメント制作などに携わっています。

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72時間の情報パネル

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津波被災当時の姿を可能な限りそのまま保存した1階の見学通路を経て、2階に上がったホール先(当時図書室だった場所)に、この災害の前後に関する情報などが並ぶ展示室を設けました。

その中に、2011.3.9の前震から3.11本震を経て3.12の救助までの約72時間、中浜小学校におきた出来事をまとめた大型の情報パネルを設置しています。どの時点でどんな情報と選択肢があり、そして井上先生たちがどんな判断をとってきたかを一望できるパネルです。

「全員が助かった」その裏側にある、その時々の「情報」と「最善の判断」。そしていくつかの「備え」と「偶然」を、案内スタッフの方々のお話と合わせて読み取っていただき、ご自身の日常にも起こりうる災害への対応を、リアルに考えるきっかけとしていただければ嬉しいです。


■「被災前の校舎模型」と「問いカード」

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2階展示室には、被災前の校舎模型(1/100縮尺:H.simple 制作)を展示しています。この模型では、今現在の被災した遺構校舎を被災前の状態と比較することで、津波で失ったものの大きさを知ることができます。また、模型四周を囲った津波高さの透明アクリル板から、津波と校舎の関係(そのスケール感)を知っていただくこともできます。

そしてこの模型にはもうひとつ大切な役割があります。
模型の周りには、来館者の想像を促すいくつかの「問い」をカードにして配置し、案内スタッフと来館者の会話の機会を作りたいと考えました。
「屋上に避難するほかにはどんな逃げ方ができたのだろう?」
「土地のかさ上げがなかったらどうなっていただろう?」
「震災当日の給食献立はなんだったのだろう?」

そして、数年後を見据えたちょっとした仕掛けをひとつ。
模型の周囲に置いてある「問い」のカードは、開館当時に準備した「問い」を書いて備え付けた数と同じ数の、「白紙の」カードを一緒に納品しました。井上先生をはじめ、この施設を案内する方々が案内を重ねる中で変化しうる、自分たちの言葉の「問い」を書き足して、来館者へ投げかけられるように。(町の担当者にも井上先生にもお伝えしているので、、いつかご活用いただきたいです!)


■できるだけ「そのまま」残す

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施設全体としては、できるだけ被災当時の形に手を加えず「そのまま」来館者に受け取ってもらうための工夫をいくつか施しました。津波の力の強さを知っていただくには、何よりもダメージを受けた校舎そのものが力強く語りかけてくれると考えたからです。

例えば見学通路を限定することで安全対策の追加補強箇所を減らしたり、各所に設置した案内説明板が被災校舎からの語りかけを邪魔しないようあまり主張せずしかししっかり認識できるための工夫を凝らしたり、運用上どうしても必要な防鳥ネットの存在感を小さくする努力をしたり、当初は「外からのぞくだけ」だった屋上倉庫の中を当時に近い環境で来館者に体験していただけるようにアレコレ関係者と一緒に工夫を凝らしたり、、まだまだあります。

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■イントロダクション映像

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これは僕のおすすめ。
2階のガイダンスルーム(旧音楽室)で上映される、この施設のイントロダクション映像(担当者入魂の作)が本当に素晴らしいので、ぜひ行って見てみて欲しいです。そしてそのマインドセットでこの施設を体験していただけたら幸いです。

『ここは、大きな地震と津波に耐え、児童や地域の人たちを守り抜き、その災害を今なお伝える校舎です。ここであったことを、あなたの目で見て、考え、読み取って、未来の災害へ備えるための知識に変えていってください。』(施設イントロダクション映像より)


■震災遺構としての、中浜小の個性

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最後に。
開館から数ヶ月経って中浜小を訪れたときに、案内スタッフの方から嬉しいお話をお聞きしました。とある遠方の来館者(津波被災とは関係のない方)が、案内スタッフの方にご自身の被災体験をお話ししながら「いくつかの震災メモリアル施設を訪問したが、受け取ることが多く何も口に出せなかった。でもここでは自分の被災体験も話すことができた。ありがとうございます。」とおっしゃってくれたそうです。

それぞれの震災伝承施設にはそれぞれの個性があり、そこそこで伝えるべきものが違うと思います。それぞれの施設にはもちろん敬意を持っています。
その上で、中浜小の個性はなんだろうと、デザインチームで当初から考えていたことでもあったので、何か個性めいたもの(もちろん案内スタッフの方々のご尽力が大きいと思います)が来館者の方に伝わったのであれば、それはとても嬉しいことだなと思いました。

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公式見解ではありませんが、私自身がいち担当者として思うこと。
この施設を通して来館者に受け取っていただきたいのは、こうしておけば安心といった「正解はない」ことを知っていただくことと、自分たちそれぞれの環境に置き換えて、それぞれの災害とその対策について「自ら問いをたてて考える」ことです。

お近くにお越しの際は、ぜひ寄ってみてください。


開館:2020年
グッドデザイン賞2020(ベスト100賞/グッドフォーカス賞)
デザイン:SSDデザインチーム(H.simple:設計/会場構成担当)
施工:スリーエイト、スガテック
photo:kazuhiko monden







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