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【義足プロジェクト #10】 初めて二本足で立ったあの日のこと。

◆この記事は、9日(日)に「FRaU×現代ビジネス」にも掲載されます。
[構成]園田菜々
[タイトル写真]森清

「乙武義足プロジェクト」をサポートする義肢装具士・沖野敦郎氏が義足に魅了されるきっかけとなったパラリンピックは、四年に一度やってくる。あの日はテレビの一視聴者に過ぎなかったパラリンピックだが、義肢装具士として迎えるパラリンピックは、まったく別の光景を見せてくれた。

 二〇〇八年の北京パラリンピックに、沖野氏は正式な日本選手団のスタッフとして参加した。当事者として迎えたはじめてのパラリンピック。ウォーミングアップ場の段階から異次元の雰囲気が漂っている。限界まで鍛え抜かれた選手たちの肉体、息が止まりそうな緊張感とスタジアムの熱気。すべてが真剣勝負の場にふさわしいものだった。

 開会式の入場行進に参加したときのことだ。順番を待っている間に興奮を抑えきれなくなっていた沖野氏は、携帯電話に手をのばし、陸上短距離の春田純選手に「すごいぞ! いますぐ見に来い」と電話を入れた。春田選手は北京パラリンピックの代表にこそ選ばれなかったが、片下腿切断クラス百メートルで十二秒一五の日本記録保持者だった。

 沖野氏の完全なる無茶振り。だが、春田選手は沖野氏の興奮に誘われて、三日後、北京まで飛んできた。

「見ている世界が狭かった。日本記録を持っていても、この舞台に立てなければ意味がないということがよくわかった。これから本気でロンドンを目指します」

 春田選手はそう語った。その後、春田選手は十一秒九五の日本記録を出してロンドンパラリンピックへの出場を果たし、四×百メートルリレーで四位入賞の成績を残すことになる。

「国内の障害者スポーツをぬるいと言っていたが、自分もぬるいことをしていたな」

 沖野氏はそう思った。

「やっぱり、障害者スポーツはすばらしい。義肢装具士としてアスリートのポテンシャルをもっともっと引き出したい」

 沖野氏はふたたび心の中に火が燃え上がるのを感じ、さらに深く義足の世界に入り込んでいった。

 沖野氏に製作を依頼するアスリートが多いのは、陸上選手としての経験を生かした義足作りをしているからと言えそうだ。

 ソケットと板バネの位置関係は、日々変わるといってもいいアスリートの身体コンディションとの微妙なバランスの上に成り立っている。「着地の感触はどう?」と先回りして声をかけ、「こういう角度にしたら走りやすくなるのでは?」と先回りして調整する沖野氏に信頼が集まるのだ。

 沖野氏は「オキノスポーツ義肢装具」設立直後から、毎月一回ランニング教室を開催している。彼が作った義足のユーザーだけでなく、子どもも大人も義足で走りたい人は誰でも参加できる。

「はじめて参加した人には、義足側の足に体重を乗せる感覚をつかんでもらいます。それができると、歩き方も走り方もずいぶん変わってきますから。義足で走るクラブも増えてきましたけど、趣味の域を抜け出していないところが少なくありません。私は理にかなった走り方を教えたいと思っているのです」

 ときには自分もトラックを走る。四十代になっても百メートルを十二秒台前半で走る沖野氏の姿に、参加者から溜息が漏れる。 

  山梨県の甲府からランニング教室に通っている小学五年生の関口颯太くんは、両足に板バネ義足をつけて走る練習をしている。

「この教室に通わなければ、走るという感覚がわからなかった。いま六十メートルの最速タイムが十三秒台だけど、目標は十秒を切ることです」

 颯太くんの言葉に頷きながら、沖野氏はこう語る。

「東京パラリンピックをきっかけに、パラアスリートも走ることでメシが食えるようになってほしい。そのために何よりも大事なのは、常に自己ベスト更新を目ざそうとする気持ちです。生ぬるいトレーニングをしていたら、私が許しませんよ(笑)」

 鬼のオッキー! これから始まる私のトレーニングも厳しいものとなりそうだ。

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「義足ができました」

 私の四十年ぶりの義足が完成したという連絡が入った。短いスタビー義足。ソケットのすぐ下に足部がついた義足から練習を始めるやり方は四十年前と同じだ。義足を着けるのは竹馬に乗るようなもの。低いものから高いものへ、徐々に体を慣らしていくのだ。

 二〇一八年二月、朝から雪の降る日だった。できたての義足を着けるために、オキノスポーツ義肢装具へ向かう。ビルの一階にあるガラス張りの工房に入ると、おしゃれな作業着を身にまとった沖野氏が義足を抱えて待っていた。

 子どものころの義足より、ずいぶん小さい印象を受けた。もちろん、それはただの錯覚で、当時よりも私の身体が大きくなっているだけなのだろう。

 椅子に座った私の大腿部に、マネジャーの北村が義足を装着する。シリコンライナーの上にソケットをはめ込むのだが、沖野氏の計算通りジャストフィットの装着感だ。エンジニアの遠藤氏も笑顔で見守ってくれている。

 ぱっと見、ドナルドダックのような下半身になった。四十代のおじさんに使う言葉ではないかもしれないが、なかなかかわいい。

「これで、原則的には立てます」

 椅子に腰掛けたまま足をパタパタさせていると、沖野氏からそう声が掛かった。

 あくまで「原則的には」だ。義足をはじめて着けた人は、バランスを取るのが難しくて最初は立つことすらできないという。実際に私も「今日は立つ練習から始めましょう」と言われていた。

 沖野氏と北村に両脇を抱えられ、ソファからゆっくり腰をあげる。

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「乙武洋匡の七転び八起き」
https://note.mu/h_ototake/m/m9d2115c70116

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