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【映画レビュー #2】『沈黙—サイレンス—』

遠藤周作という作家がいる。12歳のときに洗礼を受けた影響か、彼の作品にはキリスト教をテーマにしたものが多い。もっと正確に言うなら、西洋的な背景を持たない日本において、キリスト教や神の存在がどのように提示されうるのかをテーマにした作品が多い。この映画の原作となっている『沈黙』(第2回谷崎潤一郎賞)もそうしたテーマを描いた彼の代表作だ。

一方、マーティン・スコセッシは、『タクシードライバー』(主演:ロバート・デ・ニーロ)、『ディパーテッド』(主演:レオナルド・ディカプリオ)など、数々のヒット作を世に送り出してきた映画監督。「遠藤周作×マーティン・スコセッシ」がどんな作品になるのか、いやが上にも期待が高まった。

いや、正直に言えば、少しだけ不安のほうが上回っていた。いくら名監督の誉れ高いマーティン・スコセッシとは言え、遠藤周作が掲げる「日本におけるキリスト教」というテーマに、どこまで深く、どこまで正確に迫れるものだろうかと懐疑的に思っていた部分があったのだ。

だが、鑑賞し終えた時点で、それはまったくの杞憂であることがわかった。それどころか、マーティン・スコセッシの原作に対する深い理解だけでなく、日本社会や日本人の国民性に対する深い理解も感じることができ、私は素直に感服せざるを得なかった。

戦国時代に日本へ伝えられ、一定の信者を獲得したキリスト教が、江戸時代に入ると激しい弾圧を受けるようになり、信者や宣教師らが棄教を迫られるようになる——というストーリーを日本人ではない監督に撮らせれば、どうしても「キリスト教を受け入れることができず、非人道的な弾圧を繰り返す野蛮な国」といった描き方になりがちだと思うのだが、マーティン・スコセッシは決してそのような勧善懲悪の物語には仕立てなかったのだ。

私は、この作品には縦・横、二種類の軸があり、その二つの軸が交差することで、作品のテーマが立体的に描き出されているように感じられた。

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